33章 進展 002

 微かに声が聞こえて、ゆっくりとその深い眠りから覚める。
「んん……」
 寝返りを打とうとしたが、全身がだるく、身体全体が重たく感じ、思うように身動きが取れなかった。
 だが、意識だけは次第に覚醒し、ボクは渋々目を開けた。
 何となく、すぐ近くに人の気配を感じ、そちらに視線を遣る。
「……?」
 すぐ傍に見慣れた人がいて少し安心する。
 あまり動ける気がしなかったが、それでもその人の声が聴きたくて、少しだけ身体をずらした。
 その、微かな衣擦れの音に気付いて、その人は振り返る。
「……ルゥ!」
 持っていた布切れを、彼女の向こうにいた人に押し付けて、黒い瞳がボクを捉える。
 少し嬉しくなって、笑おうとしたが、思った以上に力が入らない。
「無理しちゃダメ」
「……うん」
 少しだけひんやりとした手が額に触れる。
「熱はないね。どこか、辛いところはある?」
 ボクは首を横に振った。
「もう少ししたら、身体のだるさも取れる筈だよ」
「うん、ありがとう。ルイザおねぇちゃん」
「ルゥ、その呼び方はダメだって言ったよね?」
「あ、そっか、師匠」
 そう言うと、ルイザは満足そうに頷く。
「ルゥ様」
 そのやり取りが終わるのを待って、部屋の入口の方から声が掛かる。
「なぁに」
 笑いを噛み殺したような声でその人は言う。
「私の愚妹に目をかけて下さってありがとうございます」
 愚妹という言葉に、ルイザは少しだけむっとした表情(かお)をした。
 ルゥはチラリとそちらに視線を向けた後、にっと笑う。力はあまり入らなかったが、仕方が無い。
「当然だよ?」
 それを聞いて、ルイザは照れたようにはにかむ。
「だから、サーファお兄ちゃんも、仲良くしてね」
 僅かに強い響きを持った声で言う。
 喧嘩でもしたのだろうか、この二人の間にある空気は、ルゥが起きたことで少し和らいだが、剣呑だ。
 ルゥの台詞で現状を思い出したらしいルイザは、ふいっとそっぽを向く。
「僕は悪くない」
 その様子が子供っぽくて可愛いなと思ったが、ルゥは、黙ってルイザの向こうに立つサーファを見つめた。
「……」
 サーファは、暫く躊躇(ためら)っていたが、観念して、苦笑いをする。
「……ルゥ様には敵(かな)いませんね」
 その言葉の意味を探るようにして、ルイザは横目で兄を見つめた。
「ルディ、僕が悪かった。お前を置いて行ったことも謝る」
 ルイザは漆黒の瞳を少し見開く。
 兄が折れてくれるとは思ってもみなかった。
「だから、機嫌を直すんだ」
 そして、左手で妹の身体を引き寄せ、その額に口づけた。
「え」
 ルイザの真っ黒の瞳が、三呼吸ほど遅れて、大きく見開いた。
「う、お、お兄ちゃん」
 上擦った声は、今起きたことを把握出来ずに、ただ吐き出される。
「嫌か?」
 その少し控えめな声に、思わず首を横に振ったが、顔を上げても、すぐ近くで紅い瞳が目に入って目のやり場に困る。
「なら、許してくれるか?」
「うぅ……」
 紅い瞳の視線を受け止めきれずに、ルイザは視線をさ迷わせる。
「駄目か?」
 何も言えずに、首を横に振る。
 サーファが安堵したように微笑む。
 その一部始終を見ていたルゥがくすくす笑って、手招きする。
 兄妹は互いに顔を見合わせた後、ルゥの方に歩み寄る。
「みんなが仲良しで嬉しい」
 ルゥはルイザにベッドの端を勧めると、素直にそれに従い、サーファは、ベッドの横の壁に身体を預けるようにして立つ。

あとがき

2013年05月08日
初筆。
サーファがルイザを女の子扱いしたら全て丸く収まる。
最初からシスコン全開でいればいいのにね。

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