35章 異端の王女 002
「巫女……?」
初めて聞く言葉に戸惑う。
「巫女とは、分かり易い言葉で言えば、魔法使いのようなものです。ただ、その魔力の強さは血筋で決まるというのが、あなた方が思うところの魔法使いとは違う点です」
「……血筋で」
「ロナの紅い瞳は母親譲りでござる。その瞳が、綺麗な紅色であるほど、その魔力は強い」
「……成程、陛下はその巫女の血筋を王家に取り込んだということか」
「そうでござる。が、それは単なる政略結婚ではなかったんでござる。兄は……陛下は本当に彼女のことを愛していたんでござるよ」
表立って夜会などに出ていたわけではないが、二人はとても仲睦まじい様子だった。そのことを思い出したござるは、今となっては失われてしまった日々を懐かしむ。
「そして、その二人の間には父と母、両方と同じ瞳を持つ娘が生まれた……」
「……!」
「ロナの母は巫女ではあったが、貴族ではなかった。否、巫女であるからこそ、貴族にはなれなかったのだ。何故なら、ラジェンでは、巫女が政に関わることを禁じられているんでござるよ。だが、中央の人間はそんなこと知らない。異国の身分の低い女が正妃になることを厭(いと)うた。そして、心無い噂が王宮に蔓延し、そんな時に異相の娘を生んだ彼女は居場所を無くした。だから、隠れるようにして、王宮の外れにある古い屋敷に住むようになった」
そこには、ラジェンから連れてきた数人の使用人とロナしかいなかった。
「でも、彼女は笑顔を絶やさなかった。使用人達からも慕われる彼女は、本当に素敵な女性であった。陛下もこっそり彼女の元を訪れ、そして、暫くして二人目の子供が生まれた」
「え?」
「え……」
「ロナに兄弟がいるなんて話は聞いたことが無いよ」
「当然でござるよ。……その子供は死んだことになっている」
声音を落として告げる、その言葉はずっと秘めてきたことだ。
「死んだことに、とは?」
「皮肉なことに、次に生まれたのは、男の子だったんでござるよ」
今、この国に王子はいない。
「王子……?」
ドキリとする。
異相の姉を持ち、異国の得体の知れない女と血の繋がった子供が、第一王位継承者だなんて、誰が聞いても争いの火種にしかなり得ない。
「その子は、死んだの?」
ござるは首を横に振って、深く息を吸い込み、そして視線を真っ直ぐに向ける。
その視線の先にいるのは――
「ルゥが、ロナの弟でござるよ」
「え!?」
「ルゥが!?」
ティアとルイザが声を上げ、当事者であるルゥは大きく目を見開く。
「……ボクが、ロナおねぇちゃんの……弟」
――ドクドクと血流の音がして煩い。
「そうでござる」
ござるが頷き、ルゥは瞬きをする。
「幼い頃、拙者が古い信頼できる知人に預けたんでござるよ」
――何だろうこの、違和感は。
「それが団長……?」
「そうでござる」
ルゥは、ずっと気にし続けてきた疑問を、黒い感情と共に吐き出す。
「……ボクは捨てられたの?」
「ルゥ、それは違う。王宮では君は生きることすら困難だった。あの頃は、それほど悪意に満ちていた」
――とても、思い出したくない。
「だから、死んだことにして、拙者が王宮の外に連れ出したんでござるよ」
「そんな……」
「おかぁさんは……?」
「元々身体が丈夫ではなかったのだろう、ルゥを生んで間もなく……」
元気な人ならすぐ治るような病気だったが、出産した直後で体力が低下し、病気が悪化してしまったのだ。
「そう、なんだ……」
ルゥはまぶたを伏せ、そっと思案する。
見たことがない父と母、そしてよく見知った姉を。
ルイザがルゥの背中に手を添える。
――長い、金の髪が。
ござるはルゥっから視線を外して心の中で溜め息をつく。
まさか、こんな形で告げることになるとは――
「話が逸れましたが、貴方達は巫女の子供達なのです」
――ドクドクドク、心臓が煩い。
ござるの説明をラグが引き継ぎ、話を進める。
「巫女の子供、というのは?」
「言葉通りの、力ある巫女の血族という意味で、即ち、魔力の高い者達です」
その言葉にルイザは納得する。以前、見た魔力の暴走を。
あの時は大した魔法を使うわけではなかったから平気だったが、もしもっと大きな魔法を使っていたらと思うとぞっとする。
「だから、ルゥはそんなに魔力が高かったんだね」
ルイザはルゥの背中を優しく擦りながら言った。
――否、違う。長い髪は帽子の中に入れて……。
左手で頭を抱え、息を吐く。
――駄目だ、思い出してはいけない。
「……お兄ちゃん? どうしたの? 顔色が悪いよ」
「……あ、あぁ……何でもない」
頭を振ってそう答える。
何だ、今の。
「どこか苦しいの?」
「平気だ」
本当は、全然平気では無かったが、妹に不恰好なところは見せられない。
あとがき
- 2013年06月25日
- 初筆。
ルゥちゃんは王子様で、第一王位継承者です。
ようやく発覚。