20章 罰 003

 空を仰いで、そして指を舐めて、静かに風に晒す。
 「……」
 気温と湿度と風向きと、水温、天気、魔法の成立具合いを毎日確かめ記録する。
 面倒なことこの上ないが、少年がそれを決して欠かすことは無かった。
 「またそんなことしてるんだ?」
 「ルディ……」
 妹が、両手いっぱいの洗濯物を抱えて、元気良く走って来る。
 「まぁね」
 彼は知っていた。
 「それよりお前はまた逃げる気なんだろう?」
 ずっとずっと前から。
 「うん、もっちろん!」
 数字から、頭で、感覚で、そして全身で知っていた。
 「程々にしておくんだよ」
 そう言った声が彼女に届いたのかどうかは定かではない。

「落ち着いた?」
 ルイザがこくりと頷く。
 ルゥの心音が聴こえてくるのが心地良い。
「お腹空いたでしょ?」
「……うん」
「特製のスープが……あっ……!」
 嫌な予感と共に嫌な臭いが鼻を突く。
 ルゥがルイザの顔を引き剥がして駆け出す。
 慌てて火を消して、かき混ぜる。
「ぎりぎりセーフ!」
 鍋の縁が少し焦げ付いていたものの、中身はなんとか大丈夫そうだった。
 ルイザは、思わず笑みを溢(こぼ)す。
「食べるよね?」
「そうだね……少し」
 近くに用意しておいた皿にスープを入れる。
「いい匂いだね……」
 ルイザにスープ皿を持っていって渡す。
「食べれる? ……そうだ、食べさせてあげようか?」
「いいよ、そんな……」
 皿同様、木製のスプーンですくって、息を吹きかけ、スープを冷ます。
「あーん」
 スプーンを差し出されてそう言われれば、条件反射のように口を開けてしまう自分がもどかしい。
「どう? 美味しい?」
「……う、うん」
 口に広がるのは、塩味のきいた仄(ほの)かな甘さ。
 少し焦げ付いた頃合いが丁度いいのだ。
 決して美味しいと言い切れないのだが、とても懐かしい味だった。
「これ……兄さ……否、サーファ・スティアスが?」
「え……」
 内緒だと言われたのに。
「わかるの……?」
 美味しくないのに、昔から大好きだった味だ。
 間違える訳が無い。
「……それに、ここ……」
 家だよね、と。
 ルゥは頷いて、そして言う。
「サーファおにぃちゃんがここに連れて来てくれたよ。師匠には言うなって言われたけど……」
 バレてしまっては意味が無い。
「今、どこに?」
 まさか放って行かれてしまったのだろうか。
 言い知れぬ不安が募る。
「用があるって。師匠が起きたらスープを食べさせるようにって言ってたよ」
 また、置いて行かれた訳では無いのだ。
「ルゥは食べた?」
「まだだけど」
「ルゥもきっと好きになるよ」
 そう言ってルイザは微笑んだ。

あとがき

2011年07月03日
改訂。
2006年04月24日
初筆。
ルゥとルイザは心で共鳴する部分があるんだと思う。

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