29章 始まりの魔術師 001

「かなり……広いな」
 結構な距離を歩いた後、ようやく手が壁についた。
 ここは……本当に、どこだろうか。
 ……そういえば、何故自分はこんなところにいるのか。
 思い出そうとして、頭が痛んだ。
「……っ」
 その痛みに耐えきれずに、膝をつく。
 らしくもなく、得体の知れない不安感と、焦燥感とが彼を襲う。
 何だ、この感じは、と呟く言葉は声にならない。
 むせるようにして、腹の中のものを出す。
 胃酸が、喉を焼き、ひりひりと痛んだ。
 そんな中、か細い声が、その暗闇に響き渡った。
「……ちゃん……ぃ……ちゃん」
 最初空耳かと思った。
 だが、何度も、小さく、けれど力強い声が聴こえた。
「……れか……いるの……か?」
 喉に張り付く声で、そう問うた。
「サー……ちゃん?」
 声は相変わらず小さいが、どうやら子供の声のようだ。
「誰……だ」
 無造作に、口の端を拭って、意識を集中させる。
「ルゥ……だ……よ」
 声は、上手く聴こえてはくれない。
「……ルゥ…………様?」
 思い出すまでに時間が掛かってしまった。
「おに……ぃちゃんは……今どこ……?」
 それはこちらの台詞だ。
 声は確かに聴こえるのに、姿はおろか、気配すら感じられないのだから。
「私は……闇の中です。場所は分からない」
 今は状況を把握するためにも、極めて素直に答えて、次の言葉を待つ。
「おねぇ……んは……ロナお……ねぇちゃ……ん……は一緒……の!?」
 取り乱したような声が耳をつんざく。
「……ロナ、おねぇちゃん?」
 その名前に眉根を寄せる。
 誰だそれ。聞いたことがない。
 だから、そのままを伝える。
「それは……誰ですか……?」
「……!」
 見えない空間越しに、ルゥが驚いたように息を呑んだのが分かった。
「今……一人……?」
 微かに震えた声。
「はい」
 不思議に思いながらもきちんと答える。
「ボク……らはシディ……アにいる。宝石は……?」
 宝石?
「集め……るや……つ」
 何のことだ……?
 話が掴めない。
「紅の……剣イチ……ート……」
 ルゥの声は途切れ途切れで、思わず叫ぶ。
「上手く聴こえませんっ」
「…………て」
 ルゥの魔力は絶大だが、まだ不安定なのだ。
 本来であれば、受け手のサーファが補助をすればそんなこと問題はないのだが、彼はそんなことしなかった。
 ……否、出来なかったというべきか。
「ルゥ様っ」
「……く……助け……」
 途切れる声は、文章にはならない。
 けれど、必死に何かを訴えかけようとしているのは分かる。
「ルゥ様……っ!」
 そこに響くのは自分の声だけであった――

あとがき

2011年07月30日
改訂。
2006年06月30日
初筆。

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