6章 出会いと別れ 003
「お呼びですか……団長」
少年は、近くにある天幕の中で二番目に大きな天幕の中に入る。
「おぉルゥか! 開幕中にすまないの」
団長はがっしりした体格で、豊かな髭を蓄えた、まだまだ若々しさ溢れる四十代に入りたての髪の薄いおじさんだ。言ったらいけないのだけれど、頭のてっぺんが少し輝いている。
「い、いえ。用は何ですか?」
「おぉそうじゃった。お前さんにお客人だ」
ついっと視線で指された先には、男が一人腰かけていた。
ルゥは、その男がそこにいる、と示されるまで気が付かなかった。男の気配は極僅かしかないのだ。
全体的に黒い着衣を纏った男だったが、頭巾から覗く金の髪が目につく。
「……!」
ルゥは自分と同じ金の髪を持つ者を初めて見た。お客としてくる人の中にも金髪の人はいたが、もっと色が薄かったりして、少し違う金髪だった。
「あの……」
本当に僕のお客ですかと訊こうとして遮られる。
男は椅子から立ち上がると、礼儀正しく礼をする。
「初めましてでござる、ルゥ様」
真っ黒ではあったが、一見して上等に見える衣服に身を包んだ人が、自分のように親のいないような子供に頭を下げている。それはとても奇妙な光景である。
「ルゥも挨拶をせにゃならんだろう」
ぽかぁんとしていたルゥに団長が注意する。
「あ、はい! こんにちは。えと……初めましてですよね。ボクはルゥと言います」
ルゥはぺこりと頭を下げる。
「お顔をお上げになるでござるよ。何しろ貴方は……」
ボクは? 僕は一体何だというのだろう?
「否(いや)……、あぁそうでござる。まだ名乗っていなかったでござるな。拙者の名は……というより役職は、アリアス国第六王女のお世話係というか、側近というか……。まぁ家臣でござるよ。名は」
「王女様の?」
そんな人が……? どうして僕のことを様なんて付けてるのだろうか?
「拙者は第六王女の命を受け、貴方を迎えに参ったでござるよ」
迎えに……?
「一緒に来ては下さらんか?」
その言葉は、何だかドキドキする。新しい世界が開けるからだろうか――でも、ここには居場所がある。団長がいて、仲間がいて……。
ルゥはちらりと団長の顔を盗み見る。
「決めるのはお前だ。儂にはお前を止める理由もなければ、王女様の願いを断る理由もない」
命令ではなかったが、もし、王族の命令に背けば、命やらがなくなることだって十分有り得る。
そして、そろそろ時期だと思っていた。子供はいつか親の手を離れる。いくら親代わりに育てたと言っても、所詮血の繋がらない他人同士だ。無理矢理手元に留めておくことは出来ない。
「……ボクは」
どうしたいのかなぁ。
まさか、引き止める理由がないなんて、面と向かってそんなことを言われるとは思わなかった。当然、引き止めてくれると思っていたのに。
ボクは……。
「その、王女様は優しいですか?」
ここの人たちは優しかったから。
「あぁ……とても」
男は何かを懐かしむように目を細めた。
「そして王女様付きの護衛も」
それを聞いて安心する。
「団長」
引き止める理由がないと言われたけど、でも今までお世話になったんだから。
「僕は王女様のところに行きます」
「そうか」
視界がぼんやりとする。
「えっと……短い間でしたが……っく……」
声が上手く出ない。
「お世話に……っ……なりました……」
「じゃあな、ルゥ」
一団を束ねる長である男は、感情のこもらない平坦な声でそう告げる。
「この天幕には暫くいてくれてもいい。だが、朝の公演が終わるまでには出ていってくれ」
そして冷たく突き放して、団長はその場を後にする。
朝の公演が終わるまで――それは即ち他の団員達と、お別れを言ってはならないということだ。
「ひっく……」
王女様の使いだという人がハンカチを差し出して、ルゥはようやく自分が泣いていることに気付いた。
「あの、ボク……」
「涙が出るうちに泣いておくでござる」
涙が出なくなってしまっては、もう――
「ありがとう……ございます……」
そう言ってから、ルゥはござるに借りたハンカチで思いっ切り鼻をかんだ。
そしてその藍染のハンカチはござるの宝物であったらしいが。
自分に誓ったことがある。
あれからどんなに時が流れたか。
絶対に見返してやると誓ったのは、十六の誕生日。
その日彼がいなくなったのだから。
あとがき
- 2011年05月14日
- 改訂。
このシーンはしっかり覚えていました! - 2005年09月20日
- 初筆。