14章 喪った過去 002
「……ティア」
「何ですか?」
「みんなは……?」
辺りは闇が支配する時間帯である。
「分かりません。ここにはラムア様と俺の二人きりです」
ラムアの怪我の手当てをしている間に、二人とはぐれてしまったのだ。あれから二人を追って歩いてはみたものの、全く追い付くことは無かった。
「……ごめんね」
「いえ、ラムア様の御身体の方が大事です」
「じゃあ……ありがとう」
透き通るような声でそう言われる。
「……はい」
日中は暖かかったが、この辺りも夜は流石に冷え込む。
右袖はルゥのベルトに、左袖はラムアの腕の包帯代わりにしてしまったので 、今はティアの上着にくるまっていた。
寒くないよう、一本の木の虚(うろ)で互いに身体を寄せ合っていた。
今日は月も星も、雲に隠れてしまっていて暗い。
「あたしは……まだティアのこと、好きだよ」
ずっと言いたかった。
「ラムア様……」
ずっしりと心に染み込む言葉。
昔みたいに……キス、して……なんて言えないけど。
「もう……貴方は変わっちゃった……?」
たった三年なのに――
ラムアはティアの返事を待たずに続ける。
「あたしの……右目ね、何も映さないの」
ティアがこちらを向いたのが気配で分かる。
「自分の手も、大好きな貴方の顔も……」
互いの息遣いまでもが聴こえてきそうな程近くにいるのに、とても静かだった。
「でも、ホントはね。……少し前までは、左の目も何も映さなかった。三年間一緒にいた人が治してくれたの。ずっと貴方に逢うことだけを夢見ていた」
互いの顔はよく見えない。だけれど、どんな表情をしているのかは、手に取るように分かる。
「その人はご褒美だと言って、あたしに光をくれた。……そして希望と」
空いた右手で、白い包帯に触れる。
「彼が、貴方に逢わせてくれたの」
そしてもう一方の手で、ティアの手を取る。
「貴方も知っている。……彼の名前は」
――サーファ・スティアス。
彼女はそう言った。
そしてそれは……憎い、ティアの仇――
「貴方に見て欲しい。今のあたしを」
声が震える。
あたしは、こんなに臆病だったかしら――?
「この先も、あたしが貴方の隣で笑ってもいいなら」
そう言ってティアに包帯の一端を握らせる。
「駄目なら……この手を……」
続きを言うのが怖い。
嫌われていたらどうしようではなくて、嫌われたくない。
「……離しませんよ」
ラムアの手は氷のように冷たかった。
だから、その手を握り返してやる。
自分は、こんなにも近くにいるのだと分からせてやるために。
雲間から、月の光が差し込む。
しばらくの間、そうしていた。
「失礼します」
ふいにそう言って彼が、ラムアの髪に触れる。
そんなに器用でない手が、その結び目を探り、そして解く。
自然と彼の胸に顔を埋める形になる。彼の鼓動までもが聴こえてしまいそうだ。顔だけでなく、全身がほてって熱い。嗅覚に、彼の匂いを感じる。
はらりと、包帯が落ちる。
びくりと身体が竦(すく)んだ。
「……」
潰れた目は何も映さない。
彼の目が見開く。
「 ……俺が……頼りないから」
「違う、それは」
「あの時俺がお側にいれば」
こんなことにはならなかった。
心に巣食うのは後悔。そして自責の念。
「違うわ、ティア」
静かに、だけれど強く、確かに否定する。
「あたしはあの時死ぬ筈だった。でも、ティアがサーファ・スティアスと剣を交えてくれて、彼は貴方が気に入った。あたしを餌にするために……あたしを助けたのよ。……だから、あたしはティアのお陰で今、ここにいるの。貴方がいたから今のあたしがいる」
それだけは確かに言い切ることが出来る。
「……ラムア様」
何を言えばいいのか分からなかった。
でも……どうしてだか、救われた気がした。
「……有り難う御座います」
「あたしは、今のままで不自由なんてしていないから。……だから、気に病む必要なんて無いの」
誰も、何も言わなくなった。
永(なが)い時間(とき)が過ぎ去る。
「……初めに、おっしゃったことを、もう一度言って下さいませんか」
「え……?」
また、月が雲の中に入ってしまった。
「昔から、変わっていない言葉を」
それだけで分かった。
変わっていないのはティアへの気持ち。
「……あたしは、まだ貴方のことが好き」
これだけは変わらない。
ティアが微かに笑った気がした。
「俺もです」
照れたような笑い。
泣き出しそうに、目頭が熱い。
頭を引き寄せられる。
そして視界が遮られる。
次に感じたのは、左瞼(まぶた)の熱さ。
「……!」
心臓がばくばくと音まで出してしまいそうだ。
突然のことに、ラムアは硬直していた。
「……迷惑でしたか」
顔を離して不安げに問われる。
ラムアはぶんぶんと首を横に振る。
「いャ、ぜんっずん」
上手く喋れない。
「……なら良かった」
ティアはさっさと包帯を巻き直してくれる。
「さぁ、出来ました」
慣れていないせいか、包帯の巻き方はサーファのよりはよっぽど下手だったが、愛が詰まっていた。
「あり、がと」
どうにか心を落ち着かせて応える。
「今日はもう遅いです。だからもう寝ましょう」
「ええ」
そう頷いたら、腕を引かれる。
「えぇ……!」
ティアの腕の中で寝ろと、そういうことらしい。
「嫌、でしたか?」
嫌だなんて滅相もない。
「違っ……びっくりしただけ」
慌てて言い繕う。
どうしてティアはこんなに優しいのだろう。
「最後に、一つだけ訊かせて下さい」
頭の上からティアの声が降ってくる。
「サーファ・スティアスは……いい奴ですか?」
彼を憎まなくてよいのですか――?
それだけは訊いておかねばならない。
「彼は……優しいわよ。貴方と同じように」
どこか、何か分からないモノがちりっと痛んだ。
「そう、ですか」
虚無が残る。
月が、再び雲間から飛び出した――
あとがき
- 2011年06月12日
- 改訂。
- 2005年12月18日
- 初筆。
ティアラム。ラブラブ甘々。この辺りだけ書くの異常に早い。
ずっと書きたかったからかな……?
見えない方の目を間違ってて修正した。危ないな……。