5章 悔恨 003
追われる身ではあったが、その日、彼等は大事をとって丸一日休み、とうに滅んでしまった街で野営をして過ごすことにする。
ロナとござるは、崩れた瓦礫の間を探り、まだ使えそうな毛布やらを調達したのだ。
空は夜になっても晴天だった。澄んだ夜空には幾万もの星が輝いていた。
ティアは包帯でぐるぐる巻きにされた手を空にかざす。星は、あんなにも沢山あるのだから、一つくらい手にすることができるかもしれない。
しばらくそうしていたが、やがて自嘲する。
「……馬鹿……だな」
その言葉が何に向けられたものかはわからない。星を掴もうとしたことか、昔のことを思い出して取り乱したことか――
「ラム……ア」
吐息に言の葉を乗せてそっと吐き出す。もうそれだけで胸が焦がれそうに痛む。
もう、本当に逢えないのか。
そう何度も思い、何度も認めてきたはずだ。なのに、どこかで否定する自分がいる。特に今日は――
サァーファ・スティアス。
それが彼女の存在を否定する。
あの時、彼は言った。自分が殺した、と。
怒りに任せて剣を振るった。力の差は歴然で、俺もラムア様の後を追えるのだと思った。
だが、自分は今もこうして生きている。
「そうだ……リネ……」
元気だろうか。
そいつとは、少しの間一緒にいた。どんくさい性質は治っただろうか。
そこまで考えてティアは強引に目を閉じた。
――もう昔のことだ。いくら考えても仕方が無い。
あるのはラムア様が元気だった時のことだけでいい。
全て過ぎたことで、もう二度と取り戻せない時間なのだから。
そいつと会ったのは、シドア一掃事件があった後で、とても思い出したい時間(とき)ではなかった。
所々紅く染まった金色の髪の頭を掴む。まだ幼い子供だ。その瞳は、もう二度と開かれることが無い。
「……っくく」
男は何が面白いのか、声を出して笑う。
普段の自分なら、死んだ者に用は無いはずだ。だが男は今、こうして死者に触れていた。
――ティ……ア?
そう子供の唇が動いた気がした。
「餓鬼が……っ」
カッとなって、思わず男は懐から短剣を取り出す。躊躇いもなく、その死に損ないに刃を向ける。
この怒りのような苛立ちの他には、感情など何も無かった。
そんなものはとうの昔に忘れてしまっていた。
男の短剣は、少女その緑色の宝石を抉り出す。
「……ぅ……くぅ……」
やはり、少女は生きていた。
声にならない程の苦痛が小さな身体を襲う。このまま、今度こそ本当に死ぬのだろうなと思う。
「お前は……生きたいのか?」
ふいに、言葉が零れた。
脳裏に、黒い髪に黒い瞳の子供の顔が浮かぶ。男は、一度強く目を閉じてから、言う。
「ティアといったか……あの子供に会いたいのかい?」
少女は微かに唇を動かし、前を見る。その落ち窪んだ眼窩からは、血が溢れていた。
だが少女は、そんなこと気にも留めずに、微笑んだ。その表情(かお)は今まで見た女の中で一番美しく見えた。
世の中には、忘れちゃいけないことがある。
例えこっちから一方的にしたのでもあっても、約束は約束なのだから。その約束を忘れて、すっぽかすなんって絶対にしてはいけないのだ。
「絶対に探し出してびっくりさせてやるんだから」
肩までの真っ直ぐな髪を後ろで一つにまとめる。
手段なんて選ばない。
でないと、強くなれないから――
あとがき
- 2011年05月06日
- 改訂。
早く他のキャラを出したい! - 2005年09月06日
- 初筆。