4章 忍びの暗殺者 002
誰にでも、決して忘れたくないオモイデというものがある。
それは例え、表面上ではそうでなくても、心のどこか奥底では、きっと――――
年の端も行かない少女はとそれよりは少し年上の少年は、互いに手を取り、のんびりとした昼下がりに丁度良い、ゆったりとした音楽に合わせて踊る。
少女はエスコートを申し出るだけあって、幼くはあったが、ダンスのステップは完璧である。
一点の狂いもなく、たどたどしくステップを踏む少年をリードする。
「どーしておとうさまは踊ったこともない人を選ぶのかしら」
皮肉のような言葉は笑顔と共にあった。
「すみませんラムア様」
「口を動かすのは失敗の元よ」
少女が嗜めるように少年の言葉を奪う。
この後、少女と少年は夕食を賓客達と取る事になっていた。
これは両親同士の暗黙の了解による小さな許嫁のお披露目の場であったのだ。
もしかすると、長い間夢を見ていたのかもしれない。
それは気の遠くなる程長い夢のようであった。
その仮面の下、露(あらわ)になった顔を見て、ロナは息を呑む。
「叔父……様」
声が震えるのを押さえることは出来なかった。
「久方振りですな……第六王女」
それは、何度か見たことのある優しい笑顔だった。
「どう……して」
かすれそうになる声で必死に問う。
「第六王女と第六王子は扱いが違うのです」
二十代半ばだったであろう男の身なりは悪く、すでに三十を優に越えているように見える。
だが彼は直系の第六王子であった。つまりは、ロナの父の弟である。
第一王子は遠征中に命を落とし、その代わりにロナの父親である第二王子が王位を継いだのである。
そして、一番遅くに産まれた第六王子は、第一王子と四十近くも離れていたのだ。
年若い者などお呼びではない。彼に与えられる仕事など城には無く、彼は城の中でお荷物でしかなかったのだ。
「拙者には、これしかなかったのだよ」
――生きていく為には。
「王の御前に出るときだけ身なりを相応しく整えはしたが、所詮それは被り物でしかないのだよ」
その、叔父の諭すような口調は疲れきっていた。
「だが、王は私に役目を下さった」
ティアは口を挟むことはしなかった。
しかし、男が動いたときに、すぐ斬れるように剣は身体の横に構えたままである。
「驚いただろう? これが拙者の裏の顔だ」
ふっと男の顔から表情が消える。
「……っ……」
男は胸元に隠し持った短剣を出して自分の腹を突き刺す。
「止めて叔父様!」
ロナが叫んだ。
だが、剣先が腹部に刺さる前に短剣が宙を舞う。
ティアが己の剣でそれを払ったのだ。
「……ティア、ありがとう」
そう言ってロナは地に落ちた短剣を部屋の端に蹴り飛ばす。
「何故」
男は責めるようにティアを見上げた。
「わからない」
ただ、身体が動いただけだ。
「貴方も……ロナ王女の元にいればいい」
それだけを短く告げてティアはそっぽを向いてしまう。
「そうよティア! 貴方、とてもいいことを言ってくれるわ」
ロナはにこにこと不気味な笑みを浮かべていた。
「ふふ、叔父様、私とティアと一緒に旅をしませんか?」
ロナは柔らかく微笑んで言う。
「何を……」
それは、先ほどまで殺意を向けて相手に向かって言う言葉では無い。
「旅は道連れ。私は、仲間が多い方が嬉しいわ」
ロナは本当に楽しそうに言ってのける。
「……でも、条件があるわ」
少し考えて、言葉を続ける。
「敬語を使わないこと。私は別にそんなに偉くないし、そもそも叔父様の方が年上だし、ええっと……仲間はみんな平等でしょ?」
男はくすりと笑った。
この姪姫は、見掛けと違ってとても可愛らしい。
異端の王女と呼ばれるこの子と直接話したことはなかったけれど、彼女は純粋でとても優しい心を持っている。
身体を流れる血の栄光とは程遠くなってしまった男は、気付いたときには返事をした後だった。
すなわち、諾と。
「じゃあ叔父様は私の保護者ね。ティアが護衛で、私が貴族の娘。それでいいかしら?」
ロナは至極楽しそうに今後の計画(プラン)を立てる。
「ありがとう姫」
叔父は姪にそう告げる。
「とーぜん!」
ティアが複雑そうな表状(かお)をしていたことには誰も気付かなかった。
「さてと、どう致す?」
幾つかの足音が、静まった廊下に響く。
部屋の鍵はばっちり閉めてあるし、扉の前には机やらタンスやらでバリケードを作成済みである。
「そうね……」
一応のリーダー(自称)であるロナは腕を組み、うーと唸る。
「ティア降りられそう?」
窓の様子を見ていたティアが返事をする。
「三階ですが、小さい足場があるのでどうにか……」
ロナは、扉の方に視線を向ける。
「扉は?」
「ふむ、向こうはかなり数が多いようででござる。保って三、四分……」
今こそリーダーが決断するべきだと悟り、ロナは静かに且つリーダーぽくなるように言葉を発す。
「では……逃げましょうか?」
うふ、と可愛く言うが、どうせ彼女は一人では降りられない。
「拙者が」
「いえ」
短く告げると、ティアはロナを掻っ攫うようにして抱き上げる。
「きゃぁ」
突然のことにロナは小さく叫んでしまったが、状況を思い出したのか、バランスを取るようにしてティアの首に腕を回す。
「ではレッツゴー!」
そう言うロナはやけにテンションが高い。
ロナの掛け声に応じてティアは窓枠を越え、外界へと飛び出した。
叔父は楽しそうに溜め息をつくと残った荷物を持ってその後に続く。
勿論そのまま地面に着地とかいう無謀なことはしない。器用に壁から出っ張った足場を使ってゆっくりと地に降り立つ。
そうして彼らは血の臭いの充満するその部屋を後にした。
叔父の予想通り、すぐに扉とバリケードが破られたらしいが、そこに生きた者の姿はなかった。
あとがき
- 2011年04月28日
- 改訂。
記憶を頼りに書いた短編と見比べると矛盾がいっぱいw そりゃあ6年も前だもんな……。
帳尻合わせないとね。 - 2005年07月14日
- 初筆。
変な人が仲間になってしまいました。
そんな予定は全くもってなかったのに…。
行き当たりばったりだってことが良く分かる。
まだ名前出てきてないよなぁとか思うのですが、どうしましょうねー。
ござるござる言ってるけど、実は可愛らしい名前とか…(笑)