38章 お別れ 003
ボクも少し準備してくるねと言って、ルゥは広間を後にする。
ござるは暫くの間、離れ所でラグの様子を見ていたが、ついに堪え切れなくなってそっと近付く。
「ラグ殿」
ラグは振り返りもせず、応える。
「どうしました? 改まって」
「貴殿は何をどこまで知っているのでござるか?」
床にしゃがむ小さな背中に向かって、いつもよりも少し低い声で問い掛けた。
「それはこちらの台詞ですよ? サフィリア様?」
僅かに苦笑して返答される。
「……貴殿は何をどこまで見通しているのか、そう質問を変えるでござるよ」
ラグは床に図形を描く手を止めずに再び問いかける。
「私(わたくし)のこの能力で視た事柄については、陛下に全て包み隠さず進言させて頂いたはずですよ。ですので、私(わたくし)が今お訊きしたのは、王弟ともあろう貴方が、どこまでの情報をご存じなのかという、その一点に関してのみ問うているのですよ」
「……」
「陛下は聡明な方です。信頼に足らぬ人物に不用意に国家存続に関わる秘密を漏らしたりはしないでしょう? ですから、貴方はその王の信頼に足る人物であるのかと、そうお訊ねしているのですが?」
「……拙者は、野心等そんなくだらない野望なんてものは、甚だ持ちあわせてはおらぬ……。兄上もそれは承知であるだろう……。しかしだからこそ、拙者は全ての情報は恐らく持ちあわせては無いのでござろう。いつでも切り捨てられるよう、余計な争い事が起きぬように……。だからこそ、ラグ殿、貴方の知り得る全ての情報を教えてはくれまいか?」
その言葉に、ラグは少しだけ口元を上げ、ござるの方に振り返る。
「貴方も充分承知しているでしょうが、生憎私(わたくし)とて、陛下の駒でしか無いのですよ」
「……だから教えることは出来ぬと?」
「ええ、残念ですが。それは陛下への裏切りに値するでしょう」
「……」
自ら王弟という身分を捨てたも同然のござるではあったが、それは所謂(いわゆる)一家臣に過ぎないという己の立場を改めて自覚する。
ラグの言う通り、ござるが全てを知ってしまうことは、王の本意に反する。
与えられた事だけを遂行する、使い勝手の良い駒――それが、今のござるの立場だ。
それを改めて思い知らされる。
自分に力など無い。
そんなこと分かりきっていたではないか……。
ぎり、と両手を身体の横で強く握る。
「拙者は……」
深く息を吸って、全て吐き出す。
ボクはね、ロナおねぇちゃんも、ルイザおねぇちゃんも、ティアおにぃちゃんも、サーファおにぃちゃんも、ラムアおねぇちゃんも、団長達もみんな、みーんなが幸せだと嬉しいなぁと、先程そう言ったルゥの言葉が蘇る。
ルゥの考えていることは分からなかったが、あれは紛れもなくルゥの本心なのだろう。それだけは分かる。
だけれども、ルゥはまだあんなに小さいのに、どうして全てをその身体の中に抱え込んでしまっているのか。
「拙者は、力になりたいんでござるよ……」
ティアと別れた旅の途中で見せた、ロナの寂しそうな顔は、今でも鮮明に思い出せる。
「子供が悲しそうな顔をしている世界なんて、…………いっそ滅んでしまえばいいんでござる」
そんな悲しい世界は消えてなくなってしまえばいいのだ。
「その、言葉は……本当、ですか?」
「え」
声に出したつもりが無かったのに、すぐ近くにいたラグには聞こえてしまったらしい。
「どうなのでしょう?」
聞こえてるとも思っていなかったので、考えが纏まらずに腑抜けた声が出てしまう。
「ん、あぁ……そうでござるな。……これは拙者の本心かもしれぬ……」
その言葉を聞いたラグは、声を上げて笑う。
「な、なんでござるか、ラグ殿」
予想していなかった反応にただ困惑する。
「ははっ……本当に人間というものは面白いですね」
「?」
「貴方の兄君……いえ、陛下も同じことを仰っていましたよ」
「! ……陛下が……!」
「ええ。そうです。やはり血筋ですかね」
「そんな」
反論しようとしたござるの言葉は遮られ、ラグのペースで話は進められる。
「……ふふ、案外私(わたくし)もこの世界に染まってしまってるのかもしれませんね」
「?」
ござるは訳が分からず、この不思議な少年を見つめた。
「いいでしょう。そういう下らない願いは嫌いではありませんよ?」
ラグは、ござるの方に向き直り、そしてにいっと口の端を上げる。
「これから貴方は、この世界を救う英雄(ヒーロー)になるのです」
「ヒーロー?」
聞きなれない言葉を鸚鵡(おうむ)返しに呟く。
「えぇ」
ラグはにっこりと笑うと、それ以上何も言わずに顔を背けた。そして、止めていた作業を再開した。
それは、無言の拒絶であろう。その背中に訊ねても、きっと望む答えは返ってこない。
ござるは訳も分からず、ただその背中を見つめた。
あとがき
- 2014年08月28日
- 初筆。
ラグと話すと回りくどい上に、要点が掴みにくいね。