34章 闇色の後悔 003

 落ちる落ちる堕ちる。
 そこは暗い闇の中。
 見渡す限りの黒い世界は、何も見えなかったが、どこまでも続いているようだった。
 何も力が入らず、重力に任せ、ただ堕ちていく。
 長い金色の髪とドレスの裾が背中からの風を受け、上に向かってなびいているのが何となく分かる。
 時折髪が頬に当たり、少し痛む。
 この世界は何だろう。いつから落ちているのだろう。この闇にも底はあるのだろうか。どうして落ちているのか。
 様々な疑問が浮かんだが、深く追求する間もなく、すぐに消えていく。

 ぎゅっと目を瞑(つむ)り、思い出す。
 あの人の顔を、声を――
 彼のことを考えただけで、身体の奥が暖かくなる。
 とても大好きなひと。

 でも、最後に見たのは、聞いたのは、彼の叫び声。
 そんな声が欲しいのでは無かった。
 ただ安心して欲しくて、微笑んで見せた気がするけど、あの人には届かず、最後に見た彼はなんて辛い顔をしていたのだろう。
 そこまで思い出したところで、気付く。
 ――今度こそ死んでしまったのだろう、と。
 だから、あの人は哀しんでいたのだろう。二度失うことを恐れていたのだろう。
 そう関連付け、失った右目に触れる。
 一度死んだあの日、生きることを渇望した。
 その願いが届いたのかは分からなかったが、あたし達に絶望を与えたあの男は、同時に新たな生を与えてくれた。
 ゼアノスの家は失ったが、彼はあの別れの日まで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、こうして生き永(なが)らえたはずだった。
 だが、あの時生き延びたのは、こんな終わりを望んだからだろうか。

 ――否、違う。
 ティアに幸せになって欲しいから、あたしは生きたかった。
 あたしと一緒にいる時に、ティアが笑ってくれたから。
 その笑顔を守らなければならない――だから、こんな場所で死ぬわけにはいかないのだ。
 そう思った途端、身体の真ん中が、少しだけ暖かくなった気がした。
 ほんの僅かな変化だったが、それをきっかけに考える気力が戻ってきて、少し身体を動かしてみる。
 ――ガクン。
 ずっと感じていた『落ちていく感覚』が、急激に衰退し、足に力が入る。
「いける」
 そう確信した次の瞬間、ラムアは地面の上に立っていた。
 急激な変化によろけそうになったが、何とか体勢を立て直す。
 そして乱れた髪と服を乱暴に撫で付けると、片眼だけの視界で正面を睨み付ける。
 そうすると、それまでの闇が急激に薄れ、一条の光が射す。
 顔に掛かる髪を勢い良く払い除け、思い出したように反対側の手を開く。
 その手の平には、紫の石の嵌まったブローチが。あまりに強く握り締めていたようで、手には型がついてしまっていた。
 それを胸元に付けると、大きく息を吸って、声を出す。
「らー」
 それは、国の人間なら誰でも知っている古い歌だった。
 物語になっているそれは、孤独な少女の歌だ。
 歌詞は幾つかあるようだったが、その中でも一番馴染んだ歌詞を曲に乗せて吐き出す。
 孤独な少女がちょっとした幸せを見つける、そんな物語だ。
 優しい歌声が、何も無い空間に反響する。
 昔、ティアが歌声を褒めてくれたことを思い出して、口元が綻ぶ。
 そして一通り歌い切ると、再び深呼吸をして、それから、光の方向へ一歩踏み出した。
 歌うのはとても久しぶりで、少しだけ酸欠だ。頭がくらくらする。
「早く、ティアに会いたい」
 それだけを呟き、早足でその場を後にする。
 しなければならないことは、もう理解(わか)っていた。
 喪ってしまった右目がずきずきと痛んだが、気付かないフリをする。
 もう、後戻りは出来ないのだから。

あとがき

2013年06月13日
初筆。
ラムアのターン。
ラムアはルゥと同じで歌が上手いのです。

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