10章 大切な人 001

 どうして。
 どうしてなの?
「拙者が……許可を出したでござるよ」
「え……叔父様が……?」
 分かっているんでしょう?
 あれは秘されるべき――
「いずれ……まだ来ぬ未来のことを考えて。……内緒にしていたのはすまないでござる」
「……」
 ――王家の恥。
「……あれは……外部に公開するの……?」
 ロナの問いに、ござるは目をふっと細める。
「ロナに任せるでござるよ」
 また、私に任せるのね。
 少しだけうんざりしたような表情を見せてから、ロナは黙って考え込む。
「……公開、してもいいかもしれない」
 あれはルゥの、大切な実弟の秘められた過去だったが、このまま隠し続けていたとしてもその過去は変わることが無いのだから。
「ロナならそう言うと思っていたでござるよ」
 ござるは少しだけ表情を緩めてそう言った。

 一方、ティアは開幕中、常に心ここにあらずといった感じで、物思いに耽っていた。
 昨日の出来事が気に懸(か)かり、考えないようにしていてもどうしても脳裏をよぎるのだ。
 これも、全て昨夜嫌な夢を見たからかもしれない。
 
「あっ!やっと起きた!」
 目を開けたと同時に聞こえた声にティアはびくりと震えた。
「ずっと起きなくて心配してたんだから」
 にこにこと微笑みかける少年に警戒して身体を動かそうとして、それが不可能なことを知った。
「…………っ」
 ほんの少しだけ動いただけで全身に激痛が走った。
「駄目だよ、動いちゃ! 凄い怪我なんだからっ」
 少年の制止の声が聞こえて、ティアは己の状態を知る。
 怪我……。
「あのねっ僕の名前はリネ。君は?」
 リネ……。
 思考が鈍く、少年の言葉を頭の中で何度も反芻する。
「君の名前は何?」
 名前……。
 声を出そうにも、声は出ない。
「……そっか、まだ話せないよね。じゃあ……怪我が治って、話せるようになったら教えて!」
 にこにことそう言った後、少年は立ち上がって少し離れた場所に行った。
 鼻をくすぐるようないい香りが辺りには立ち込めていた。
「ご飯食べるよね?」
 すぐに戻ってきた少年が手にしていたのは木でできた深い器で、スープのようなものが入っていた。
「ボクが食べさせてあげるから……きっと美味しいはずだよ」
 そう言うと少年は木製のスプーンでスープをすくって、ふー、ふーと息を吹いてそれを冷ます。
「口開けて」
 少年の手にあるスープのいい匂いは、飢えた腹の虫を喜ばせる。 だからティアは緊張を少しだけ解いて、そっと口を開けた。
 その隙間から少し、温かいスープが流し込まれる。
 極めて慎重に、ゆっくりとした動作でそれは口元に運ばれた。
「どう……? 美味しい?」
 塩の味が効いていて、とても美味しい。
「よかった……」
 ティアの表情の変化を見て、少年は安堵の息を漏らす。
 それからティアはその器一杯を平らげた。
 ゆっくりと、再び眠りに落ちるティアをリネは見守った。
「……おやすみ」

 リネ。
 声を出さずに、息だけでそう綴る。
 彼女は不器用だったけど、優しくて、そしてとても大切な人だった。

あとがき

2011年05月26日
改訂。
2005年10月29日
初筆。

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