15章 優しい唄 001

「魔法はね、呪文一つで何でも叶うわけではないよ」
「ええっ! 違うの?」
 彼らが師弟になってから幾度も、一日が始まり、そして終わった。
 だが、一向にティア達には出会わない。歩きながら、ルイザは魔法に関する基本的な知識を教えた。
「そんな訳無いだろう? 魔法っていうのは意外と論理的で、多大なる努力の賜物だよ。まず、呪文に伴うのは魔力と体力と精神力の三つだ。魔法を火に喩えるなら、魔力は薪のようなもので、体力、精神力が暖炉のようなものだ」
「暖炉と薪……?」
 分かり易そうな喩えだが、よく分からない。
「身体を暖めようとしたときに火は、薪がないと燃えない。家の中で火を使うと、家が燃えてしまうよね?」
 ルゥが頷く。
「じゃあ、家の中で火を使うにはどうすればいい?」
 問われて考える。
「えーっと……」
「さっき言ったことも思い出してみて」
「薪が魔力……分かった!」
 ルイザが答えを催促する。
「暖炉!」
「正解。じゃあ分かるよね。火に必要なのものがあるように、魔法に必要なのは」
 師匠の言葉に被らせて言う。
「魔力、体力、精神力の三つ」
 ルイザが笑ってくれる。
「後は……それなりの頭脳。まぁルゥは賢いから大丈夫」
 ルイザが笑ってくれると嬉しい。
「ルゥの場合、魔力は十分だから、まず第一に体力、そして精神力を鍛えないとね」
「はーい」

 北って一体どこなのだろう。
 詳しい場所は知らないし、分からない。
 だというのに、歩みを止めないのは――彼を突き動かすものは、与えられた使命への責任感だけなのか。
 
「ティア……疲れたぁ……」
 アテの無い旅ほど、不安で苦しいものは無い。
「少し、休みましょうか」
 詳しい行き先を訊いておかなかった自分を呪う。ちゃんと確認しておけば、合流出来たかもしれないのに。
「うん、ありがと」
 そのせいで関係のない人まで巻き込んでいる。考えないようにしてはいたが、焦燥が募(つの)る。
「……ティア? どうかした? 座らないの……?」
「あ……はい」
 ラムアの隣に座ろうとしてよろける。
「……っ」
 咄差に近くの木の幹に手をつく。
「ティアっ……顔色が悪いわ」
 ラムアが身体を支えてくれる。
 どうにかその場に腰を下ろして息をつく。
 一体どうしたのだろうか。胸が締め付けられるように苦しい。
「大丈夫じゃないでしょう」
 ラムアが自分の額と、ティアの額とをくっつけて、熱がないか確かめる。
「……大丈夫……です」
「……冷たい」
 額を離してそう言った。
「今日はもう休みましょう」
「……平気です」
 ティアは空を見上げる。
 息が苦しい。
「駄目。あたしが許さない」
 厳しい表情(かお)でそう言われては逆らえない。
「……ぅ」
 そう思った瞬間、吐気を催して、口を押さえる。ラムアが優しく背中を擦ってくれると少し落ち着く。
「吐いたら楽になるかもしれないわ」
 医学の心得が少しでもあれば良かった。それか魔法の心得が。
「……すみ……ません」
「あたし、果物か何か探してくるわ」
 そう言って立ち上がろうとしたラムアの手を反射的に掴む。
「何?」
「俺と一緒に……いて……ください」
 この手を、離したくない。
 離してしまえばまた、彼女は消えてしまうかもしれない――
「……貴方が望むならば」
 彼女は仕方なく笑って、彼の隣に居直る。
 望まれるのは嬉しい。
「ほら、じゃあ眠って」
 木の幹にもたれかけさせ、腕から彼の手を解いく。そして、両目を優しく覆ってやる。
「歌を、貴方のために」
 どの歌がいい、と彼女は訊ねた。
「昔、俺が眠れない時に歌ってくれた……」
 微かに笑みが溢(こぼ)れる。
「分かったわ」
 彼女の歌声が彼を優しく包む。
 
 小鳥のさえずり、木々のざわめき。爽やかな風と、暖かな太陽。
 雲が流れ、草木が芽吹く。
 幾つもの足音が聴こえる。
 遠くから遠くから。
 それは遠退(とおの)いては、近付いて。
 いつも一定の距離を保つ。
 ある時、その距離がぐっと縮まった。
 足音は速く速く、こちらに走ってきた。
 そして夜が明けたときには、春が、やって来ていた――そんな唄だ。

あとがき

2011年06月15日
改訂。
2005年12月21日
初筆。

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