9章 さようなら 002
「……ハァ……ハ……ァ」
今のは……悪夢?
重たい瞼を開けると、石造りの天井が見えた。
全身が冷や汗でぐっしょりと濡れていて気持ちが悪い。
「にい……さん」
かすれた声で呟いた。
上手く声が出ないのは、夢の中で叫びすぎたからだろうか。
「……っ」
今、どこに――
服の袖で額を拭うと、もう一度だけ呟く。
兄さん、と。
薄闇の中で偽りの銀糸が淡く光を孕(はら)んでいた。
「あれー?」
小さな旅の仲間が急に足を止めた。
「ルゥ、どうかした?」
振り返って聞くと、ルゥは辺りをぐるりと見回した。
「あのねっ」
「ん?」
「ルイザおねーちゃんは?」
一夜借りた部屋を引き払い、いざ宿屋の外に出たすぐのことだった。
「……ええっと」
そういえばルゥには説明をしていなかったことを今思い出した。
「ルイザおねぇちゃんはどこかに行ったの?」
そのあどけない表情を見ていると、ちくりと胸が痛む。
「ちょっと……用事が、ね?」
とっさの言い訳は上手く思い付かないものだ。
「用事?」
「そ、そうよ。大事な用事……」
罪悪感に支配されそうになったところでロナは頭(かぶり)を振った。
彼は裏切ったのだ。
ロナの期待を。
ティアの気持ちを。
「急用で、昨日の夜の内に行っちゃったわ」
「なーんだ……つまんないの」
ルウが唇を尖らせて言うと、ロナは苦笑せざるを得ない。
「ごめんね……」
「ううん。ボクもルイザおねぇちゃんにいってらっしゃいってしたかっただけだから」
「……じゃあ、行こっか」
そう言ってロナはルゥの手を引いた。
そしてはたりと気付く。
ルイザ……おねぇちゃん……?
今、あの子供は確かにそう言った。
一度ではなく、三度も。
血流が全身を一気に駆け巡る。
この感じは何だろう。……嫌な予感がする。とても嫌な予感が――
それも自己嫌悪と共にそれがある。
「……ロナ様」
二人の後についていたティアは躊躇いがちにそう呼んだ。
「どうかした、ティア?」
ティアの隣に並んだござるも不思議そうにティアを見る。
「あいつは……ルイザは、何か俺に……」
違う、そんなことが言いたいのではなくて。
だが言葉は上手く声にならない。
「ティア?」
「い、いえ……」
ティアは頭(かぶり)振って嫌な考えを外に追いやる。
あの日よりも後の思い出は要らない――
「……何でもありません」
第一関係ないことだ。
自分には。
向こうからこちらに接触してきただけなのだから。
「そう……」
ロナは一瞬痛々しい表情をしたが、すぐにそれも元に戻った。
「ならいいわ」
あとがき
- 2011年05月23日
- 改訂。
- 2005年10月22日
- 初筆。