18章 契約と嘘 003

「テレクテックオ ウトガリア」
 ルイザには分からない言葉。理屈は分かっていても、聞き取るのは困難だ。
 一言二言話した後、緑の瞳がこちらに向けられる。
 荷馬車に乗せて送ってくれた男は、再び馬に鞭を入れて閉ざされた村へと帰って行く。
「来れるのはここまでみたいね」
「ティアもルゥもこんな状態だし……今日はこの辺りで休もうか」
 移動するには、彼らの回復を待たねばならない。
「そうね」
 彼女はルイザの本当の考えなんて分からないだろう。
 ただ、言われるがままに契約の魔術を使った。
「ティアも早く元気になるといいんだけどね?」
 ラムアはしゃがんで、ティアの黒い前髪をいじっている。
「ルゥは疲れたって?」
 その瞳はとても優しい。
「ん……まだ小さいからね」
 ルゥは泣き疲れて、そのまま眠ってしまったのだった。
 その全てが、何だか、遠いことのように感じる。
 頭が茫として、気分が優れない。
「ルイザ」
 短く呼ばれる。
 だが、それすらも遠い。
「……ごめん」
 定まらない視点で、そう言った。

「泣いても……いい?」
 泣き出しそうに歪んだ表情(かお)はそう言っていた。

 わ、私食べ物を探してくるわ、と逃げるようにあの場を後にして来てしまった。
 そんなつもりは無かったのだけど。
 いつもと違う様子で、どうしてあげたらいいのか分からなかった。
 多分泣いてるところなんて、あんまり見られたいものじゃないだろうし、なんて自分に言い訳をしてみる。
 先日、彼女と二人で話した時は今日とは違っていた。
 あの時の彼女はとても強くて、同時にとても脆く崩れてしまいそうな危うさがあった。
 でも今日は何だか……何かを押し殺しているような、そんな感じだった。
 とは言え、実際に食べ物や水は探さないといけなかったので、ラムアは森の奥へと進んでいく。
「んん……食べ物……」
 きょろきょろと辺りを見て回るが、食べられそうな物は無い。
「全部お菓子で出来ていればいいのに」
 何気無く呟いて、ラムアはさらに奥へと進み入る。
 時刻は宵闇で、武器も持たない少女一人には危険極まりない。
 ガサリと茂みが音を立て、反射的にラムアはそちらを振り返る。
「サーファ……スティアス!」
 彼が訪れるのは、いつも気まぐれだ。
 ただ、今日は少し様子が違う気がした。
 左肩から腕にかけて、包帯を巻いているし、あまり元気が無いようにも見える。
「それ……どうしたの?」
 近付いて行って訊ねる。
「あぁ……ちょっとね」
 ちらっと視線を遣っただけで、彼は望む答えを提示してはくれない。
「それより僕の姫? 君は、今日契約をしただろう?」
「え……? ……ええ」
 どうして知っているのだろうかと思う。
「馬鹿なことはするものではないよ」
 いつになく、その語調は厳しい。
 彼は、つかつかとラムアに歩み寄り、そして強引に手近にあった木に押し付ける。
「な……に……」
 抵抗する間もなく、冷たい感触が唇に押しつけられる。
「やだ……サー……ファ……」
 その力はとても強くて、引き剥がすことなんか出来ない。
 あの、別れた日みたいだ。
「や……なし……て……」
 息が苦しくて、喘ぐ。
 何度か息継ぎを繰り返して、ようやくサーファは唇を離す。
 ラムアは怯えた瞳を向けていた。
「すまない……」
 彼は謝り、そして今度は優しく抱き締めた。
「……サーファ……?」
 いつもと違う彼の様子に、どうしていいのか分からずに、ラムアは立ち尽くす。
 ただ、彼から伝わってくる体温は温かい。
「……ルディ……僕の愚妹はいるだろうか?」
 彼は一息ついてからラムアの耳元で、吐息に乗せて忌々しげに言い捨てた。

あとがき

2011年06月27日
改訂。
2006年03月07日
初筆。
兄ちゃんは大胆です(笑

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