25章 砂の中の花 003

 ティッピアと呼ばれる街の、地下空間は驚く程広かった。
 太陽の光こそ無いものの、洞窟自体が光っているのか、この地下都市全体が適度に明るい。そして驚くことに、地下都市でありながら、花が咲き乱れ、緑溢れていた。
「ここって本当に地下なの……?」
 そんな疑問が溢(こぼ)れる。
「はい。空を見ていただければ、分かり易いのですが、外の世界では、空は際限なく広がっています。しかし、ここでは空に限りがあります」
かなり高い天井ではあったが、確かにこの場所には天井がある。
「皆様がご存知の世界とは少し違うかもしれませんが、おそらく外の世界と何ら変わりない生活が送れるでしょうね」
「食料などはどうしているでござるか?」
 ここまで来るまでにお世話になった、民家のことを思い返すが、あまり貧困に苦しんでいる者はいないように感じた。
「ティッピアの半分はこのような木々の生い茂る森ですが、もう半分は開けた土地です。この森にも動物は住んでいますし、川もあるので魚も捕れます。また、森の外には街があり、街全体が区画整理された機能都市となっています。そして、郊外に行くにつれ、広大な畑や牧場なども擁しています」
「機能都市……」
「街の中央に役所があるのですが、そこからの眺望は中々のものですよ」
少しだけ誇らしそうにそう告げる。
この街の情報は、殆ど外には伝わっていない。
だが、ラグは隠すことなく、色々なことを教えてくれた。
「客人はあまり来ないと言っていたが」
「あぁ、そうですね。前に来られたのは三年程前でしょうか……。ですので、貴方方が来られるのを楽しみにしていたのですよ」
「こんな素晴らしい場所なのに、どうして人が来ないんだ?」
「ああ……、この場所は偉大なる神々の力に護られているので、容易に入ることは出来ないのでしょうね」
 ラグは何気なくそう言った。
「神々の力?」
「ええ、我々の敬愛する神々は、天上の地より、ティッピアの土地と民とを護って下さっております」
 東の土地にそんな宗教があったなんて、初めて知った。
「護るって具体的にどういうことなの?」
「それはですね。このティッピアでは、悪意ある人間を徹底的に排除されます。具体的には、神々のお力により貴方方がいらっしゃった外界との入り口は秘されているのです」
 ラグは淀みなくそう答える。
「え?」
「それって、どういう……」
「神々に選ばれし方々しかこの土地には近付けないのです」
 ラグは、それ以上の説明を止め、にっこりと微笑んだ。
「……」
「よく分からないけど、あたし達はその神様に選ばれたってこと……?」
「そうです。神々からの信託を受け、我々は貴方方をお待ちしておりました」
「どうして?」
「我々には、神々の真意は分かりません。しかし、信託こそが我々の道標であり、この土地に住む者達の総意なのです」
「ラグが、その信託を受けし者、なんでしょ?」
 ルゥは微笑む。
「……ルゥ?」
 ラグは答えない。
 長く感じた沈黙の後、ルゥは言った。
「まぁいいや。この話はおしまい。早くおねぇちゃんのところに戻ろう?」
「そうですね」
 子供二人は、勝手に話を打ち切ってしまう。その時前方に白い石造りの建物が見えた。
 ラグは立ち止まり、振り返って言う。
「あれが、祈りの社です」

「……ティ……ァ」
 身体を預けた布団は濡れていた。
 頬を伝うのは、哀しみの涙である。
 こんなに、長い時間離れていたのは初めてだった。
「私……貴方がいないとダメになっちゃうわ……」
 ティアに見合うよう、もっと強くなりたいと思う反面、こんな風にとても弱くて、惨めな自分がいる。
 つい先日、ティアは父親に連れられ、戦場に行ってしまったのだ。
 ずっと部屋に閉じこもっていたが、この声はティアには届かない。
「早く…………帰ってきて……」
 どうか無事に――……
 願いは叶ったが、希望は喪われた。
 あの日、時は止まった。
 全ては、サーファ・スティアスの手によって――

あとがき

2011年07月18日
改訂。
ティッピアは特殊な土地なのです。
2006年06月21日
初筆。

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