8章 友達003
「リネっ……」
また、ティアのせいだ。
周りの人が動かない。
全部、ティアのせいだ。
どうして……。
「……っ……ァ」
微かに唇が動く。
「リネっ……!?」
ゆっくりと開いた、リネの黒い瞳にはティアが映っていた。
「テ……ィア……?」
助けに来てくれたの?
ホントに?
掠れた声で言う。
「……ご……めん……ね」
違う。謝るのはこっちだ。
なのに、言葉は上手く出てはくれない。
「……どこか痛いところはないか」
そんなことよりも、言うべきことがあるのに。ここへ辿り着くまでに、幾通りも考えたはずだったのに。
「ない……よ」
そんな訳無いのに、リネは泣かなかった。
「そうか……」
辺りはすっかり、宵闇に包まれている。
「歩けるか……?」
「どう……だろう。……でも……もう少し、このままでいて欲しい」
ティアの膝枕は居心地が良かった。
「……わかった」
いざとなったら、剣がある。
猛獣が来ようと、俺がリネを守ろう。例え何が起ころうとも――
腰に佩いた剣の感触。
首筋にかかるのは温かで規則的な息遣い。
「……」
ひょっとするとこれは……。
「寝息……?」
思わず声が漏れる。視界の端に金の髪が見えた。
男の背中で寝るとは。
「無防備な……」
閉じた瞳の色は分からない。
どうしてだろう。ずっと欲していたエメラルドではなくて、今日ばかりはルビーとサファイヤを思うた――
これは遠い昔の記憶。
遠い昔の――
光の入らない暗い、石造りの廊下。
そこを通るだけで息が詰まりそうだった。その長い廊下を一人の少女が足早に過ぎていく。
「――様。こちらに」
そう言って案内された部屋も暗かった。
「母様」
そこだけに、光があった。
透けるような金の髪。
瞳は紫。
「ねぇたまぁ」
あどけない声が耳に残る。
その小さな手を握る。
あれは…………夢?
それはほんの少しの時間だったが。
違う…………夢じゃないわ。
幽閉。
地下の、人目に触れないあの部屋は、その言葉がよく当てはまる。
その日、一度だけ見たのは幼い子。
そして間もなく、母が死に、少女は孤独になってしまった。
あとがき
- 2011年05月21日
- 改訂。
- 2005年10月17日
- 初筆。