22章 別行動 003

 少し前、あれはシディアを出発する直前だったか、暇を持て余したロナが、別行動を取っているティア達が向かう村のことを訊いた時、彼は呆気無くこう言った。
「焼き打ちにしてしまえばいいのですけれどね」
 彼の笑みよりも先に、制止の声が届く。
「ダメよ! そんなの!」
「貴女ならそう言うと思っていました」
 いくら、不穏な話が多いとはいえ、実際に実行するとなると、馬鹿高い資金と軍備を要するので、そんなことはしないのだが。
「当たり前よ」
 怒ったように腰に手を当て、口を尖らせる。
 だが東の地域の情報は城にもほとんど届いておらず、まともに城から出たことがなかったロナには、どんな場所なのか想像もつかない。
「でも、そんな……未開のところに行っても平気なの?」
 彼女は少し言葉を濁らせて訊く。
 サーファは興味深そうに彼女を眺めた後、少しだけ目を細めて呟いた。
「まぁ、……あの銀髪の魔法使いがいれば平気でしょう」
「銀髪……?」
 ティアと 、ルゥと、叔父様、それにラムアさんの髪は銀色ではないし、魔法使いでもない。
「ティア・セオラスの命を助け」
「ティアの!?」
 ……どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。このお姫様は、自分の護衛艦の出自も知らなかったのだ。
「昔、彼は、私に殺されかけましたが、その魔法使いが彼の看病をしたのです」
「え?」
 それはサーファが仕向けたことなのだけれども。
「確か……今の名は、ルイザだったか……」
 その名前にぎょっとする。
「彼が一緒なの!?」
 彼はロナを騙した。
「…………そう、なりますね」
 実妹(いもうと)はいつの間に男になったのだろうか。苦笑混じりにそう言う。
「安心して下さい。彼も……悪い人間ではないでしょう」
 それは保証する。些(いささ)か考えが足りていないというか、向こう見ずだとは思うが、悪意は一切無い、はずだ。
「ホントに?」
 貴方がそう言うのなら信じられる気がする。
「ならいいの」
 安堵の表情は、心からのものだ。
「いざとなれば殿下の御為、私も微力ながら助力致しましょう」
 そう言って、彼女の手の甲に口づけた。

 川の近くの少し開けた場所で、彼はそう言った。
「ふむ、ラズベ川を下ってここに着いたと」
「ええ、そう」
 太陽の位置と影の位置から方位と時刻を割り出し、そして流された地点からの大体の距離を予測し、結論を出す。
「殿下はご存知ないかもしれませんが、然程(さほど)流されていないでしょう」
 それは、咄嗟に魔術で制御した結果だったが、不幸中の幸いというやつか。
「良かった……」
 昨夜の転落事故はロナのせいなのだ。
 ロナが彼らを傷付けないでと叫んだから――
「却(かえ)って都合が良かったかもしれませんね。上手く姿を隠せた訳ですしね」
「ホント?」
「真実の言葉以外が、貴女に届くなどとは思っていませんよ」
 照れたように微笑む王女は、野原に咲いた一輪の花のようだ。
「……そうだ、言い忘れていたわ。ここには誰もいないんだし……口調、戻してくれないかしら?」
 安心したからなのか、些細なことが気になってしまう。
「…………殿下、戻りましょう」
 静かにそう言って、少し離れた野営地に戻ってしまう。
 繋いだ手は、いつの間にか、離れてしまっていた。

あとがき

2011年07月09日
改訂。
大分順番を変えた。
ロナ、サーファ編が落ち着くまでは、ティア達は移動中。
2006年06月16日
初筆。

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