異なる者 56章〜幸せ?〜




「見てきたんでしょう?ルゥは?ティアは?」
 帰ってくるなり質問攻めだ。
 バレないように、外に出て魔法を使ったというのに。
 これでは休まる身体も休まらない。
わたくしの用意したお召し物に着替えるようにとお願いしたはずですが?」
 気だるげに彼は視線を向ける。
 みすぼらしい格好は美しい人には似合わない。
 だというのに彼女は、まだ古びた町娘の格好をしている。
「嫌よ。それより、ルゥもティアも」
 意気込んで言った言葉はそこで遮られる。
 彼の顔がすぐ近くにあった。
わたくしのお願いを聞いていただけないのならば、殿下の質問には答えかねます」
 彼は女性を黙らせる方法をよく知っているようだった。
「でなければ味見をさせて頂きますよ。そのためにこんな夜更けに男の部屋を訪れたのでしょう?」
 そう言って、彼は桃色の唇を親指でなぞる。
「なっ……」
 もちろんそんなことに耐性のないロナの頬はすぐに真っ赤に染まってしまう。
「それが嫌なら、わたくしのお願いを聞いてください。……それとも殿下はわたくしに着替えを手伝って欲しいとおっしゃるので?」
 彼はそう言い捨てると、興味無さげにベットに横になった。
 ここはサーファが自分のためにとった部屋で、彼女とその叔父には隣の部屋を用意したはずだった。
「……っ」
 彼女は侮辱を受けたような顔で部屋を飛び出し、そして驚くべき早さで着替え、戻ってくる。
「サーファ・スティアス!」
 彼女は怒鳴り込みに来た借金取りのようだったが、サーファは動じない。そしてくすりと、満足そうに微笑む。
「お綺麗です殿下」
 彼は身体を起こして、ベットのへりに腰掛けて、ロナに隣を勧める。
 ロナは少し躊躇ためらってから、そこに座った。
「ぜ、絶対何もしないでね!」
 彼女は念押しをして、サーファとは少し距離を置いた。
「心配なさらずとも、わたくしは飢えた狼ではありませんので安心してください」
 果たしてその言葉はどこまで信じられるのだろうか。
 柔らかな微笑みの下に隠されているのは…―――
「……ルゥと、ティアの様子を教えて欲しいんだけど」
 深呼吸してからそう訊いた。
 あの二人は元気にしているだろうか?
「聞いても後悔はなさらないでくださいね」
「もちろんよ」
 ロナが促すと、彼は躊躇ためらいがちに口を開いた。
「元気じゃないとしたらどうします…?」
「え……?」
「殿下は、わたくしの元からお逃げに?」
 言葉が紡げない。
 彼女の中には、そんな選択肢は存在していなかったのだから―――
「冗談です」
 驚く程長い時間の後に、彼は言う。
「二人とも、何も変わりはありませんでしたよ?」
 その言葉にどれ程安心したか。
「よかった……」
 それは嘘なのだけど。
「殿下がいなくても、何も変わらないように―――」
 こくりと息を呑む。
 私が…いなくても、平気……?
「遠目から見ただけですが、青年の方は任務から解放され、そして婚約者と幸せそうで、少年の方は殿下が助けた一座で一生懸命働いていました」
 とくんと、心臓の鼓動が速くなる。
 足元がすくわれるように感じた。
「婚約者……?」
「シドアの領主の愛娘ですよ?」
 だから、わたくしは進言するのを躊躇(ためら)ったのです、と彼の言葉は続く。
「……そう、教えてくれてありがとう」
 どうにか平勢へいぜいを保って言う。
 その間も心臓の音がうるさい。
 それに心なしかきりきりと痛む。
「殿下は、彼らのもとに帰りたいですか?」
 自然と下がってきていた顔を彼は覗き込む。
「……帰り……」
 自分が戻ったら、彼らの幸せは壊れてしまうのだろうか?
「……っ」
 答えは出ない。
 肩にかかった金の髪がさらりと落ちる。
「保留……ってことですね」
 答えを求められなくて安心した。
 今、答えを決めてしまうと、間違った判断をしてしまいそうだった。
「明日も早いですから、もうお休みになって下さい」
 彼はロナの手をとって、彼女を隣の部屋まで送る。
 触れ合った手は温かくて、心地がよかった。
 そしてそれは胸の痛みを和らげてくれていた。




    *    *    *



 性質的な反発はあるものの、もうすっかり元気になったティアと、急に仲良くなったような気のするラムアとルイザ、それから剣を気遣うルゥの四人は歩みを進めた。
 何日か足止めを喰らっていた分を挽回せねばならないのだから。
「ちょっとピンチー…。ルゥこっちが最短?」
 剣に確かめるように、ルゥは頷く。
「うん。ちょっと嫌がってるみたいだけど…」
「あはは…やっぱり二つの奇跡にはわかっちゃうんだろうな…」
 そして、その黒い瞳が剣呑な光を帯る。
「みんな、これからすぐに村がある。どんな村かはわからないけど、多分……厄介だ」
「「厄介?」」
 後ろ二人の声が被る。
「魔力は段々強くなっている。まぁ、ここを通らなきゃ、すごい遠回りになるから仕方ないんだけど」
 びゅう、と強く風が吹く。
 何だか嫌な感じの風だった―――





2006.1.14



*あとがき*
サーファは飢えた獣でしょう!(ぇ
ロナぴーんち!襲われる。




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