17章 閉ざされた村の秘密 002

 事件が起こったのは、その日の深夜遅く。旅の疲れと程好(よ)い満腹感と共に四人は深い眠りに就いていた。その時にそれは起こった。
 そしてそれは、この村に着いた時にルイザが言ったように、とても厄介なものであった。
「ルケイシトキイ ガラレワ エニケイ」
 厳かな一本の大樹を取り囲むようにして、老若男女が地にひれ伏す。
 その怪しげな者達は唄うようにして、何度も同じことを口ずさんでいた。
「ルケイシトキイ ガラレワ エニケイ」
「ルケイシトキイ ガラレワ エニケイ」
 その光景は、後ろ向きに歩くことよりも遥かに異質で、まるで何かに取り付かれているかのように、皆必死な形相をしていた。
「……ん……」
 ちりちりと、魔力にも似た力を感じて、ルイザは目を覚ます。
 ここは納屋で、藁(わら)と牛と土の匂いが鼻を突く。
「ルゥ」
 少し顔をしかめた後、小さな声で呼んで、弟子を起こす。
「んん……なぁに……?」
 ごしごしと目をこすりながらも、ルゥはすぐに起きた。
「剣は?」
 言われて手探りで、それに触れた。
 イチゴショートは何だかぐったりとしている。
「……! これは、何か……」
「やっぱり。ね、ルゥもわかる? この嫌な感じ」
 肌に纏わりつく空気が重苦しくて気分が悪くなりそうだった。
「ラムアちゃん起こして、僕はティアを」
 暗闇の中、ルゥは頷いて、隣に眠るラムアを揺(ゆ)する。
 ルイザがティアを起こすのには訳がある。
「ティア起きて。厄介なことが起こったみたい」
 耳元で言うのに、ティアは起きない。
 ルイザは舌打ちをして、ティアの額に自分のそれをくっつける。
「また熱が」
 先日同様、ティアの額は冷たかった。
「……徐圧(ラズラズリ)」
 額をくっつけたまま、吐息に乗せて言う。
 見た目には大した変化はないが、この魔法の効力で精神的な負荷は大分軽減されたはずだ。
「……ティアは?」
 ルゥに起こされたラムアは、眠い目を擦りながら問う。
「魔力の反発で、やられてる。ラムアちゃんはティアをお願い。それからルゥは二人を守って」
 短く指示してから立ち上がる。
「僕に付いてきて。決して離れないで」
 か弱そうなラムアにティアを任せるのはかなり無理があるが仕方がない。
 いつになく真剣な表情のルイザにつられて二人は頷く。
 ルイザがティアを抱き起こし、その身体の半分くらいをラムアに背負わせる。足は地面に付いたままだが、小柄なラムアにはかなりの負担がかかるはずだ。
「怖い思いはさせないから」
 強くそう言ってからルイザは納屋の戸を開けた。

「なっ……!」
 納屋の扉を開けると、そこには奇妙な村の村人達が、納屋を取り囲むように集まっていた。
「カルゲニ ガラレワ エニケイ!」
 強い声で叱咤される。
「ニイタッゼ カノモスガニ」
 その、声が耳鳴りのように頭の中に響く。
「な……に……」
 その瞬間、ぱあんと、どこかで何かが弾けた気がした。
「クシナトオ ニエニケイ レナ」
 曇っていたガラスが晴れるように思考が研ぎ澄まされる。
「誰が生け贄ですって!?」
 突然のラムアの台詞に、ルイザもルゥもぎょっとする。
「生け贄……?」
「あたしたちを逃がさないって」
 ラムアは周囲を睨み付ける様に見ていたが、その表情は、とてもからかっているようには見えない。
「いつの間にあの人達の言葉が分かるようになったの?」
「……え?」
「さっきまで通じなかっただろう?」
「……そういえば……」
 三人は顔を見合わせる。
 そして口の端を吊り上げる。
「好機を逃がすのは得策じゃないね」
「ええ」
 背中に、好きな人の体温があるというのは、人をこんなにも安心させるものなのか。
「ハチタシタワ ノンナ エニケイ?」
 ラムアが冷静に問うた。
「……! ハツヤア ンジンバヤ ケノイナャジ?」
 村人達は、ラムアの言葉に反応を示す。
「ハズハナンソ イナ」
「ガダ ハバトコノア モニレワレワ ゾルカワ?」
 皆が一斉に口を開いたので、騒がしくて、細かい内容は分からなかったが、どうやら困惑しているようだ。
 その隙にルイザが質問する。
「ね、アリアス語との違いは?」
「えっと……逆?」
「逆?」
 ルイザもルゥも問う。
「例えば……お城なら、ロシオ。銀髪ならツパンギ」
 意外と簡単よ、とラムアは笑う。ルイザもルゥも感嘆の声を上げた。
 だが視線は村人達から外さない。
 暫くして、彼らの中で話が纏まったようで、代表者が一人、前に進み出る。
「ハタナア デノモニナ?」
「ハシタワ アムラ。ハニココ ケダタッヨチタ。エニケイ テイツニ テシナハ。ガシタワ ニラカチ イナレシモカルレナ」
 ずり落ちそうになっていたティアの身体をルイザが支える。
 そういえば、ここの人たちは皆、黒髪黒目のようだ。
 そんな中で、金色の髪のラムアとルゥの容姿はよく目立つ。
「……シドアの……」
 ルイザがふいに口にする。
「シドア?」
「うん。……ティアみたいに黒髪黒目の人達」
 ルイザの黒い瞳が、切なく伏せられる。だから、ルゥは何も言えなくなってしまう。
「ガタナア ノレワレワ ヲラム ウクス?」
「ハリギカルキデ」
 その言葉を聴いて、歓喜の声が上がる。
 もしかすると、この黒い村に、金色の天使が降りてきたように感じたのかもしれない。
 そして代表者が、生け贄に関して、事の発端から語り始めた。

あとがき

2011年06月22日
改訂。
2006年01月26日
初筆。
ラムアが目覚める……と思う。
ティア主人公の座危うし。
ティアが主人公ですよ。一応。

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