21章 予兆 002

「お兄ちゃん!」
 今日も自分の真似をして、剣の稽古をして全身傷だらけにして、少女は笑う。
「あのね、今日はジムをやっつけちゃったんだよ!」
 ジムというのは、この間から修業に参加している、最年少の男の子だ。
 髪を耳の辺りで短く切り揃えた少女は、少年に見える。
「あんまり無理をするなよ」
 少年は、そんな妹を見て曖昧に笑うのだ。
「へーきだよぉ」
 胸を張ってそう言う少女とは対称的に、少年は少し哀しそうにも見えた。

「おかえり、ティアもラムアちゃんも」
 ルイザが出迎える。
「ええ、ただいま。あら? 身体はもう平気なの?」
「まぁね」
 自分でも、兄のスープがこんなにも効くとは思わなかった。
「そう、ルゥがついててくれたんだもんね」
 にっこりと笑う。
 と同時に、ティアの手を、意識的に解いてルゥの頭を撫でる。
「……ティア殿」
 呼ばれた方にちらりと視線を移して、黙礼する。そこにはロナと一緒にいたはずのござるの姿がある。
 互いに何を言えばいいのか分からなかった。
「早速だけど、いいかい?」
 兄の役に立てるようにと、ルイザは捲(まく)し立てるように言う。
「魔術のことだからね、指揮は僕が執(と)る」
 そういえば、ティアは一番事態が呑み込めていないと思う。だから簡潔に説明する。
「ティア、僕らは死術を止めなければならないんだ」
 それにはちゃんと、ティアにも協力してもらわないといけない。
「死術……?」
 ティアが怪訝そうに眉を潜める。
 魔術の造詣が浅いティアにはよく分からない。
「このことは、ロナ……つまり王女も了解済みだ」
「その肝心の王女様は?」
 ティアが訊きたかったことをラムアが先に訊いてくれる。
 ラムアの部屋で別れた後、彼女はどこに行ってしまったのか。
「サーファ殿と別行動でござるよ」
 何故、と疑問が沸く。
 彼は、どうして王女が必要なのだろうか。
「彼は、目的のためには手段を選ばないよ」
 どこか、他人事のようにルイザは言った。
 でなければこうして自ら、自分の前に姿を現すはずがない。
「そ、そうだわ。私たちは具体的に何をすればいいの?」
 嫌な空気を打ち払うようにラムアは言う。
「……そうだね、まずは強い力を持つ場所を見付けないといけない。いくつか目星はついているんだけど……」
「場所は?」
 ティアの問いは短く鋭い。
「関連があるのは、昨日の村……ええっと名前は何だっけ……?」
「西の巨大樹の村なら、ライナラッシュでござるよ」
「そう、そのライナラッシュの魔術を止める為には、力を分散させなければならない。関連するのは、首都アリアス。それから東のティッピア」
「北は無いのか?」
「……あるよ」
 少し視線をさ迷わせてから、ルイザは漆黒の視線を絡ませる。
 北は……此処だ、と――

 ティアと、ラムアの瞳が大きく開かれる。
「ここ……?」
 静かに頷く。
「流れがおかしいよ、此処は……」
 今なら分かる。兄は、昔から薄々感じていたはずだ。
 この異変を――

あとがき

2011年07月05日
改訂。
2006年5月29日
初筆。

本編クリックで開閉

短編クリックで開閉

漫画クリックで開閉

その他クリックで開閉

拍手する