27章 表裏一体 001
主を失って久しいその部屋は薄暗い。だが、それでも掃除はされいるのか、塵一つ無い。
そして、室内には無数の箱が転がっており、そのどれもが、違う色や形をしていた。
その大小様々な色とりどりの箱の中で、一際(ひときわ)目を惹くのが、中央の大きな赤い箱だ。
「中央のは違います。ええっと……確か」
だがロナは、一瞥しただけで、別の物を探す為、ぐるりと室内を見回した。
「只一つ、青の箱の中に」
その言葉につられるようにして、周囲を見回す。
「あれか……」
サーファは入り口の方に向かって歩く。
ロナが言うのは恐らく、コレだろう。
目立たぬように、端の方に転がっていた箱を拾い上げる。
それは手の平に乗るくらいの小さなもので、これ以外には、部屋のどこを探しても青の箱は無い。
サーファはロナの方にそれをかざして見せた。
「……それです」
記憶の中のそれと照らし合わせる。昔はもう少し大きいと思っていたが、成長した今は少し小さく感じる。
「では、ロイド」
その箱を素早くポケットに押し込んで、手を差し伸べる。
目的の物も無事手に入れ、後は転移の魔術で逃げるだけだ。
「……え、ええ」
ロナは頷き、最初から決めていたように、彼の傍に戻ろうとする。
だが、その瞬間、近くにあった机に軽くぶつかり、その拍子に、机の上から何かが転がり落ちた。
ロナは、無意識にそれを目で追ったが、それは、何の変哲もない黒色の石である。
こんな物あったかしら、と疑問を感じ、それに手を伸ばす。
「貴様らが、侵入者だなっ!」
直後、室内に現れたのは、青い服を来た兵士達で、皆が一斉に剣を引き抜き身構える。
「…………っ」
舌打ちをして、彼も剣の柄を握る。
サーファの位置からは上手く見えなかったが、何かに気を取られている部下の名を呼び、急かす。
「ロイドっ……!」
ロナは、その小指の爪ほどの、小さな石を拾い、強く握り締める。
そして顔を上げるまでの数分間に、数名の悲鳴が聞こえて、床には兵士が倒れていた。
「……!!」
彼女の味方であるサーファの足元の赤い絨毯は、血を吸って、黒ずんでいる。
「……こんなはずじゃ」
サーファと共に、ロナの実家でもあるアリアス城に侵入したのはあの青い箱を手に入れる為だった。
誰も殺さないと、そう約束してサーファと共にここまで来たのだ。
なのに、こうして人が次々に血を流している。
「サーファ、もう止めて」
思いがけず強い調子のその声に、自分で驚いた。
「何言って……」
彼の、紅い瞳が自分を見ていた。
目的のものは見つけたし、もうここにいる必要は無い。
「さっさと逃げましょう、ね?」
「ああ……」
サーファは、頷いてロナの方に近付く。その間も兵士達は剣を振るう。
その切っ先が、彼の腕を掠める。
「……っ」
僅かに顔を顰(しか)めた彼は、振り向きざまに兵士を剣で薙ぎ払う。
紅い血が飛沫のように飛び散る。
「皆の者、見なさい!」
極めて尊大に聞こえるよう言葉を発す。
そして、瞳の色が見えないようにと深く被っていた帽子を取って、その長い金の髪を晒す。
「ほら、私は、ロナ・デモート・アリアス。皆も知っているでしょう?」
借り物の青い軍服に、金色はよく映えた。
「この色違いの瞳を持つ、異端の第六王女を」
兵士達に動揺が走る。
「な、何を」
「異端の王女が、何故城に」
「追放になったのでは」
ああ、やっぱり。私は……追放者だったのね。
そう思って哀しくなったが、今はそんな場合ではない。大急ぎで、手の届く範囲に辿り着いたサーファの腕を強く掴む。
「早く、呪文を!」
「え……ああ」
ロナの突然の行動に、一番動揺していたのは、サーファだったのかもしれない。
だが、腑抜けた表情(かお)ばかりもしていられない。
深呼吸すると、気持ちがリセットされる。
そして、驚く程の集中力で、こう唱える。
転移(リッカ)、と。
同時に、ロナは、掴んでいた手を離す。突き飛ばすようにして、ロナは彼から離れた。
「何……を」
サーファの紅い目が、僅かに見開く。
転移の魔術は、術者に触れていないと効果が無いのだ。このままでは、ロナを置き去りにしてしまうではないか。
術が発動しきるまでに、手を繋ぎ直さなくてはと、慌てて手を伸ばすが、その瞬間、弓が、視界の中に飛び込んでくる。
「!?」
ロナが異端の王女だと名乗り出ることで、隙を得たが、逆にそんな隙に対して油断しすぎたようだ。
一本の弓が、的確に彼女の腹部を貫き、その熱くて紅い飛沫が自分と、彼女の青の上着を染め上げる。
「…………っ……!」
予め、決めたこととはいえ、自分が負傷することは、ロナの想定外であった。
灼熱のような痛みに、上手く声が出ない。
どんな場合でも、ほんの少しの油断こそが、命取りなのである。
でも、これだけは言わねばならない。彼に内緒で、ここに残ることを選んだことへの償いでもある。
「……バイ……バイ、サ…………ファ」
掠れる声でそれだけを言うと、ロナは、サーファのすぐ隣でゆっくりと、折り重なるようにして崩れる。
全ては一瞬の出来事だったが、恐ろしく長い時間のように感じた。
「ロナっ……!?」
どうして、こんな時まで笑顔を見せるのか。
そんなの、馬鹿、だとしか言いようがないではないか。
必死に腕を伸ばしたが、視界は歪み、身体は魔力に委ねられる。
声は、どこにも届かない。
閉鎖された魔力の空間が、いつも以上に狭苦しいものに感じられる。
紅く染まった青の上着と、あの笑顔だけが頭の中に張り付いて消えない。
後味の悪さに反吐が出そうだった。
サーファの転移の魔法は上手く作動したらしく、彼の姿は視界から消えた。
薄れゆく意識の中で、お願いだから心配しないでと、それだけを、切に願う。
自分の心配など、思考の端にも浮かびはしなかった――……
あとがき
- 2011年07月23日
- 改訂。
ロナ重症。大分書き足した。
- 2006年08月25日
- 初筆。