23章 光と影の夢 002
「貴様、何が目的だ?」
吐き捨てるように言われた言葉はかなり棘々しい。
「アラァ、冷たいわねぇ」
だが、相手は気にした風もなく続ける。
「フフ、そんなアナタに、忠告を一つ。コレは、アソビじゃないのよって」
おどけたような調子で話す声が、耳に煩い。
「そんなこと貴様に言われなくても分かっている」
「アハハ、ドウかしらねん? レンアイごっこにウツツを抜かしてるバアイかしら? お姫サマも守れないなんて、騎士サマ (ナイト)失格デショウ?」
一々勘に障る言い方だ。
「……残念ながら、僕は彼女の騎士ではないよ」
目の前にいる敵は突然現れた。少し目を離した隙に川岸に近づいた王女が派手に転んだが、助ける間も無く、魔法の気配がしたのだ。
「……とはいえ、代理ではあるから、彼女を返して貰えないだろうか?」
相手は女だ。
黒の三角帽子と、全身を覆う黒のマントが印象的で、歳は分からないが、背格好共に子供に見える。
だが、力は強い。
こうして対峙しているだけでも感じる力は、かなりのものだ。
日常的に魔力に慣れ親しんだ者でないと、恐らく正気を保っていられないだろう。
「ソウねぇ……返してあげなくもないけれど、ただで返すのなら、こんなコトするメリットが無いワ。フフ、ねぇ……アタシとトリヒキしない?」
「……取引?」
「やっぱ人生はオモシロクないとねぇ?」
うふふと意味深に微笑み、そして二言三言呪文を唱える。
「アナタはこんなお話を知っているかしらん? マホウによって眠らされたお姫サマを王子サマが助けるって話」
サーファは何も言わない。
「アレってステキよねぇ? そんなステキなコトが実際に起こったら、もっとステキでしょう?」
そう言って小首を傾げる様は、傍(はた)から見れば大変可愛らしいのだろうが、生憎相手が悪い。
「あんなもの所詮お伽話にしか過ぎないだろう」
それは、魔術に携わる者としての常識だ。
「マ、ソノ通りだけどねぇ、ステキなモノはステキに変わりないデショ?」
女はけらけら笑う。
「何が言いたい?」
「アナタにしてもらおうじゃないの?」
「断る、と言えば?」
吐き捨てるように訊ねるが、女はにっこりと口元を上げるだけだ。
死ぬほど罵倒の言葉を浴びせてやろうかとも思ったが、彼女の命は女の手の中だ。
「…………分かった」
女は瞳を輝かせて、ぱちりと指を弾いた。
その瞬間何も無かった空間に、突如柩が現れる。そのガラスの棺に横たわるのは一人の姫君。
肩までの金色の髪は、水を吸うと、真っ直ぐになるのだ。
そしてその両の瞳は閉じられ、今は穏やかな寝顔を見せている。
「殿…………ロナ」
そうっと近付いて傍らに跪(ひざまづ)く。
手首を掴んで脈を確かめる。
確かに、ある。そして息もしている。
「何の……魔術だ?」
「魔女の呪い」
囁(ささや)くように、そう告げる。
まともに質問した自分が馬鹿だった。
「アタシを楽しませておくれ」
どこか定まらない口調が、サーファを苛つかせる。
少しだけ考えて、ふうっと息をつく。
彼女の騎士(ナイト)は、周知の通りティア・セオラスだ。サーファ・スティアスではない。
そしてラムア・ゼアノスの騎士(ナイト)もまた、彼である。
「皮肉なものだな」
声にもならないくらいに小さな声で、一人毒づく。
ロナはぐっすり眠っている。
寝込みを襲うのは、我が道に反するのだけれどと、どこか遠くで思う。
額に張り付いた金の髪を左右にわけて、顔を近づける。
優しい光を宿した紅の瞳を閉じて。
ゆっくりと顔を離してこう言う。
「…………唇への口づけだけが魔法のキスであるまい」
諭すような声音だった。
「そうね。流石ねぇ、隊長サン?」
両手を胸の前に組んだ女は満足したのだろう。
「…………ファ…………ス」
すぐ近くで消え入りそうな声がしたのには驚いた。
「……殿下」
「私……」
まだきちんと覚醒していないのか、視点が定まらないでいるようだ。
「お怪我はございませんか?」
「ない……と思う……けど」
「それは安心致しました」
頭を垂れる。
何故か、額への口づけの無礼を、言う気にはなれなかった。
「それじゃあねぇ」
振り向いた時には、もう女はいなかった。
けらけら笑う声だけが耳の奥に残る。
舌打ちは、女の耳には届かない。
僕は殺すよ。
君の大事な人を、何度でも。
本当に幸せなときは止まらない――
あとがき
- 2011年07月11日
- 改訂。
- 2006年06月14日
- 初筆。