31章 行く末 003
ござるが彼らを見つけた時、そこに起きているものはいなかった。
「ティア殿……ティア殿」
深い闇から引き戻される感覚がして、ティアは目を開けた。
「……!」
意識を失っている感覚など全く無かった。
自分の置かれている状況がすぐには把握できずに、急いで身体を起こして周囲を見回した。
薄汚れた寝台の上には、浅く呼吸を繰り返すラムアがいて、ほっとする。
そのすぐ傍にあった朽ちかけた小さな椅子に座っていたティアは、その状態で寝台の上に突っ伏して意識を失っていたようだった。
そして、いなかったはずの王女の叔父が、すぐ傍に立っており、心配そうにこちらを向いていたが、ティアは、困惑していた。
ずっと握っていたであろうラムアの白い手は、熱を失って、ひんやりと冷たい。
「何があったでござるか?」
それはこっちが訊きたい。
「ラムア殿は、どうして目覚めないでござるか?」
心配そうな声音で問われたが、ティア自身その問いの答えを持っていなかった。
「…………分からない」
自分達に、一体何があったのだろう。
視線を落として、物思いに沈む。意識を失うまでの記憶を辿り、そして行き着く。
「……そうだ、ラグ。奴はどこだ?」
先程見た時は、この部屋に見当たらなかった。
「拙者がこの部屋で見たのは二人だけでござるよ」
「……ここへは?」
「つい先程。居場所が分からなかったので、屋敷の西から東へと確認して辿り着いたでござる」
ここは西の塔からは遠い。思った以上にティアは意識を失っていたらしい。
そんなことを考えながら、ティアは、必死に直前のことを振り返る。
ラムアが倒れたが、その原因は自分では無いと言ったラグは、協力を申し出ていた。
その彼に言われ、最もだと思い、手近にあった中では一番マシだったこの部屋に彼女を運び、その傍らに腰掛けた。
最愛の人が早く意識を取り戻すようにと祈りながら、その冷えた手を握ったのだ。
確かティアがラムアを運ぶ間、ラグはティッピアでの時のように、この部屋の床に何か模様のようなものを描いていた。
「……魔法?」
「?」
「ラグは魔法を使ったのかもしれない」
ラグは魔法使いでは無いと言っていたが、ティアにはそんな区別はつかない。
「……くそっ」
吐き捨てるように訊ねる。
「ルイザはどこだ?」
「あの家に」
ござるは一瞬だけ迷って、事実をそのまま伝える。
「ルゥがまた予知夢のようなものを見て、……今ロナが危険な状態にあると言っていたでござる」
「なに……王女が」
「そして、ルゥとルイザ殿が魔法で、サーファ殿と連絡を取っていたのでござるが、それは途中で途切れ……彼は、魔法を」
少しだけ歯切れが悪そうにする。その様子に不信感を露(あらわ)にしたティアが問う。
「何だ?」
だが言わねばならならい。
「サーファ殿が、魔法を使えなくなってしまった、と」
「魔法を……?」
そんな事がありうるのか、ティアには分からない。
「そして」
大きく息を吸って、溜め息のようにその言葉を吐き出す。
「彼はロナのことをも忘れてしまったようでござる」
「な、に」
ティアは僅かに目を見開き、動揺を見せる。
「では、王女はどこに?」
ござるは僅かに溜め息をついて、首を横に振った。
「くそっ」
ティアは吐き捨てるように呟き、ラムアを見つめてから決断を下す。
「とにかくルイザと合流しよう」
そう言って、ティアは立ち上がる。
「彼女は?」
「連れて行く」
あの家までは結構な距離があったが、ティアは上着をござるに預けて、ラムアを抱き上げた。
彼女は柔らかくて小さくて、とてもいい匂いがする。
浅く呼吸をしているが、体温は低い。
本当は安静にしておきたかったが、ティアには何も分からないのだ。
「行くでござる」
ティアは頷き、その部屋を後にした。
あとがき
- 2012年10月23日
- 初筆。
そういえば、ティアはござるには敬語を使っていない摩訶不思議。
何となく、距離をとりたい人には敬語なのかな……。