33章 進展 001

 物音がして、ふと目を覚ます。
 いつの間にか部屋の片隅に女がいた。
 その女性は、ロナが起きたことに気付いたようで、腰を折ってお辞儀する。
「あの」
 ロナはゆっくりと身体を起こして、その人を見据えた。
「あなたが助けてくれたの?」
「いいえ、手当てをさせて頂いたのは私ですが、全ては我が主のご温情によるものです」
 女の口調は丁寧で、とても聞き取りやすい声だった。
「そうなの! 手当てしてくれてありがとう」
「礼など要りません」
「そんな訳にはいかないわ! あなたの手当てが適切だったから、今あまり痛みを感じないでいられるんだもの。だからありがとう」
 女は何も言わずに、目礼だけをする。
「治癒魔法で傷口は塞いでいますが、それも一時的なものです。暫くすると痛みも戻ってくるでしょう」
「魔法が使えるの?」
「簡単な治癒魔法です」
「すごいわ」
 女は食事の用意の途中だったようで、再度目礼をして、その作業に戻る。
「あなたの主には会えないの?」
「それは出来かねます」
「とうして?」
「今はまだその時ではありません。ですが、いずれお会いになるでしょう」
「いずれって?」
「お答えできかねます」
 女は、あまり感情の無い声で告げる。
「こちらの食事を召し上がられた後、速やかにお休み下さい」
「平気よ、これくらい」
「なりません、治癒魔法による負荷が高い今の状態で無理をされると、お身体に障ります」
「私は大丈夫。だからあなたの主に」
「先程のご質問にお答え致しますが、我が主より、殿下が万全な状態になられた時点で報告するよう申し使っておりますので、殿下がご無理をなさるのであれば、我が主への報告も遅れるでしょう」
「う、ずるいわ」
「自業自得というものですよ、殿下」
「……分かったわ、ご飯食べたら、今日は休むわ。だから、その」
「何でしょう?」
 彼女はあまり感情の起伏が無いようだったが、それはもしかすると怯えているのかもしれない。
「……あなたは、わたしが怖くないの?」
「どうしてですか?」
「だって私の目は色違いだもの……」
 そう、自分で言って傷つく。
 だが予想に反して、女は動揺した様子も無く、淡々と事実を述べる。
「ごく稀にですが、そういう子供は産まれています。親が怯えたり、周りの人間に理解がなければ、大きくなる前に処分されてしまうケースもあります」
「処分……っ」
 自分と同じような子供達がそんな扱いを受けているなんて知らなかった。その子供達に比べれば、今ここにいる自分は恵まれている方なのかもしれない。
「ですが、その子供達は、そんな不遇に遭うべき子供達ではありません。生まれてきた以上、親や周囲の者達の愛情を受けて然るべき子供達なのです」
 ロナは、ハッとして顔を上げる。
「ですから、殿下も堂々となさるべきです」
 その淡々とした言葉の中に、少しだけ感情が見えた気がする。
「……」
 ロナは静かに女を見つめた。
 薄い色の髪は、邪魔にならないように後ろで束ねられている。
 その瞳は穏やかで、濃い色をしていた。
 だが、その瞳の奥は微かに赤みを帯びており、光が入ると、とても綺麗な紅い色に見える。
「悪いのは、いつまでも固定観念に囚われている大人達なのですから」
 その瞳の色に吸い込まれそうな気がして、同時に懐かしさがこ込み上げてくる。
「おかあ、さま?」
「え?」
 女は、びくりと身体を揺らし、ロナを見つめた。
「殿下の母君は、もうおられません」
「違うの……、その瞳が」
 ロナの色違いの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「あれ……」
 泣くつもりなんてなかったのに。
「……っく…………っく…………」
 ぼたぼたと雫が布団に落ちる。
「泣かないで下さい」
「泣いてなんかいないわ」
「泣いているではないですか」
「いいえ、泣いてなんか……」
 女はふるふると首を振った。
「もう、お休み下さい」
 小さな声で呪文を唱える。
 どさりと崩れ折れる身体を支えて、ベッドに寝かせる。
 女は、簡単な治癒魔法と眠らせる魔法しか使えなかったが、魔法が使えて良かったと、心の底から思う。
 そして同時に、強く後悔する。
 もっと力があれば……――

あとがき

2013年04月27日
初筆。
久しぶりのヒロイン。

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