16章 二つのキセキ 003
「見てきたんでしょう？ ルゥは？ ティアは？」
帰ってくるなり質問攻めだ。
バレないように、外に出て魔法を使ったというのに。
これでは移動で疲れた身体も休まらない。
「私（わたくし）の用意したお召し物に着替えるようにとお願いしたはずですが？」
気だるげに彼は視線を向ける。
みすぼらしい格好は美しい人には似合わない。
だというのに彼女は、まだ古びた町娘のような格好をしている。
「嫌よ。それより、ルゥもティアも」
意気込んで言った言葉はそこで遮られる。
彼の顔がすぐ近くにあった。
「私（わたくし）のお願いを聞いて頂けないのならば、殿下の質問には答えかねます」
彼は女性を黙らせる方法をよく知っているようだった。
「でなければ味見をさせて頂きますよ。こんな夜更けに男の部屋を訪れた意味がお分かりでしょう？」
そう言って、彼はロナ桃色の唇を人差し指指でなぞる。
「なっ……」
もちろんそんなことに耐性のないロナの頬はすぐに真っ赤に染まってしまう。
「それが嫌なら、私（わたくし）のお願いを聞いて下さい。……それとも殿下は私（わたくし）に着替えを手伝って欲しいとおっしゃるので？」
彼はそう言い捨てると、興味無さげにベットに横になった。
ここはサーファが自分の為にとった部屋で、彼女とその叔父には隣の部屋を用意したはずだった。
「……っ」
彼女は侮辱を受けたような顔で部屋を飛び出し、そして驚くべき早さで着替え、戻ってくる。
「サーファ・スティアス！」
彼女は怒鳴り込みに来た借金取りのようだったが、サーファは動じない。そしてくすりと、満足そうに微笑む。
「お綺麗です殿下」
彼は身体を起こして、ベットの縁（へり）に腰掛けて、ロナに隣を勧める。
ロナは少し躊躇（ためら）ってから、そこに座った。
「ぜ、絶対何もしないでね！」
彼女はそう念押しをして、サーファとは少し距離を置いて座る。
「心配なさらずとも、私（わたくし）は飢えた狼ではありませんので、ご安心下さい」
果たしてその言葉はどこまで信じられるのだろうか。
柔らかな微笑みの下に隠されているのは……――
ロナは、考えるのを止める。そんなことよりもっと知りたいことがある。
「……ルゥと、ティアの様子を教えて欲しいんだけど」
あの二人は元気にしているだろうか？
「聞いても後悔はなさらないで下さい」
「勿論よ」
ロナが促すと 、彼は躊躇（ためら）いがちに口を開いた。
「もし、彼らが元気ではないとしたらどうします……？」
「え……？」
「殿下は、私（わたくし）の元からお逃げになりますか？」
言葉が紡げない。
彼女の中には、そんな選択肢は存在していなかった――
「冗談です」
驚く程長く感じられる時間の後に、彼は言う。
「二人とも、何も変わりはありませんでしたよ？」
その言葉にどれ程安心したか。
「よかった……」
それは嘘なのだけど。
「殿下がいなくても、何も変わらないように――」
こくりと息を呑む。
私が……いなくても、平気……？
「遠目から見ただけですが、青年の方は任務から解放され、婚約者と幸せそうで、少年の方は殿下が助けた一座で一生懸命働いておられました」
とくんと、心臓の鼓動が速くなる。
足元が掬（すく）われるように感じた。
「婚約者……？」
「シドアの領主の愛娘ですよ？」
だから、私（わたくし）は進言するのを躊躇（ためら）ったのです、と彼の言葉は続く。
「……そう、教えてくれてありがとう」
どうにか平静（へいせい）を保って言う。
その間も心臓の音が煩い。
「殿下は、彼らの下（もと）に帰りたいですか？」
自然と下がってきていた顔を彼は覗き込む。
「……帰り……」
自分が戻ったら、彼らの幸せは壊れてしまうのだろうか？
「……っ」
答えは出ない。
肩にかかった金の髪がさらりと落ちる。
「保留……ってことですね」
「……」
答えを求められなくて安心した。
今、答えを決めてしまうと、間違った判断をしてしまいそうだった。
「明日も早いですから、もうお休みになって下さい」
彼はロナの手をとって、彼女を隣の部屋まで送る。
触れ合った手は温かくて、心地が良かった。
性質的な反発はあるものの、もうすっかり元気になったティアと、急に仲良くなったような気のするラムアとルイザ、それから剣を気遣うルゥの四人は歩みを進めた。
何日か足止めを喰らっていた分を挽回せねばならない。
「ちょっとピンチー……。ルゥこっちが最短？」
剣に確かめるように、ルゥは頷く。
「うん。ちょっと嫌がってるみたいだけど……」
「あはは……やっぱり二つの奇跡にはわかっちゃうんだろうな……」
そして、その黒い瞳が剣呑な光を帯びる。
「みんな、これからすぐに村がある。 どんな村かはわからないけど、多分……厄介だ」
「「厄介？」」
後ろ二人の声が被る。
「魔力は段々強くなっている。誰かさんが西になんて向かうから……。まぁ、ここを通らなきゃ、すごい遠回りになるから仕方ないんだけど」
びゅう、と強く風が吹く。
何だか嫌な感じの風だった――
あとがき
- 2011年06月20日
- 改訂。
- 2006年01月14日
- 初筆。
サーファは飢えた獣でしょう！(ぇ
ロナぴーんち！襲われる。
