30章 憎しみの行き着く先の夢 003

 ティアにとっては、ラムアの存在が世界の全てであった。
 あの日までは、彼の小さな世界はラムアでいっぱいで、彼女を守る為ならどんなことでもしようと思っていた。強くなる為に、初めて長くラムアの傍を離れたその時に、あんなことが起こるだなんて、そんなこと考えてもみなかった。
 ラムアがいない世界なんて考えたことも無かったし、考える必要もなかった。
 ティアにとって、ラムアのいない世界は、生きている価値の無い世界で、死んでいるも同然だった。
 
 だが、その世界は失われ、ティアの時間は止まった。
 全てを失ったティアに残されていたのは、強い憎しみだけであった。

 ずっと死んだ世界で生きていた。
 あの日のことは夢だったんじゃないのか、目が覚めたらラムアが隣にいるんじゃないかと、ずっと思っていた。
 だが、幾日が過ぎてもその長い夢は醒めず、流されるままに日々を過ごした。
 生きる意味を失ったまま、彼は憎しみを糧に軍に入った。
 どうせ死ぬのなら、仇を討ってから死のうと思った。
 しかし、軍にいるはずの仇に会うことは無く、無為に時間だけが過ぎていった。

 あの日から三年もの月日が経ち、変わらない現実に、嫌気がさしていた。
 そんな折、新しい任務を与えられ、異端と呼ばれる王女と共にティアは城を出た。
 多分、認めたくはなかったが、心の中では諦めていた。もう、愛しい人が戻ってくることは無い、と。
 三年という歳月は、その言葉を否定し続けることの自信をなくすには充分過ぎた。
 だが、自分の中で蹴りがつけられずに、ずるずると引き擦って、時折心が壊れそうなくらい悲鳴を上げていた。
 我ながらみっともないことこの上ないが、おそらく全て事実だ。
 けじめをつけようとしてみるものの、ふとしたきっかけで、彼女を求め、探している自分がいた。

 だが、旅に出て、間もなく、ティアの長年の願いは叶った。
 すぐに消えてしまう幻ではないかと何度も自問自答したが、彼女はずっとティアの傍にいてくれた。
 しかし、それは全く想像していたものではなかった。
 何故なら、ラムアは、彼女に手を下したはずの男に助けられ、ティアとの再会が叶ったという。
 ティアの憎い仇は、同時に最愛の人の命の恩人でもあった。
 そして、同じ時ティアの命を救ったリネは、仇の妹だという。
「……くそ」
 このやり切れない思いはどうしたらいいのだろう。
 この三年間、ティアの世界はそれらを中心に回っていたというのに、ここに来てその全てが否定されてしまった。
 以前の自分はどうだっただろうか?
 考えてはいるものの、ラムアと一緒にいたことや、ラムアの我が儘に振り回……叶えて差し上げたことくらいしか思い出せない……。
 過去に意識を向けていると、ふと、一緒に旅に出た新しい主のことを思い出した。
 長い金髪の彼女の面影は、どこかラムアに似ていて、初めて会った時は驚いた。
 そういえば、彼女は何故城を出たのだろうか。
 旅の途中で、急に思い出したかのように、用事はこなしていたが、本来の目的地は北だと言っていた……気がする。
 北に、何があるのだろう。
 もしくは、北に行く事こそに意味があるのか。
 そこまで考えて、ティアは間近に迫った気配に気付く。
 剣を抜こうと思ったのに、どうしたことか、丸腰だ。
「……?」
「ティア……」
 恐る恐る掛けられた声には、聞き覚えがあった。
「ロナ……様?」
 不審に思って振り返った先には、予想通りの人物がいた。
「まぁ、ホントにティアなのね」
 彼女は口に手を当てて、驚いたようにそう言った。
「……どう、されたのですか?」
 ロナは微笑む。
「会いたかったわ」
「……」
 どこにも不審な要素などなかったはずなのに、何か得体の知れない、違和感のようなものを感じる。
「どう、されたのですか」
 ちり、と身体に纏わり付くような空気が気に障る。
「何でもないの。ただ会い……た……と」
 視界がぶれる。
「ロナ様?」
 声が、音が、途切れ、暗転する。
「ロナ様!?」
 もう一度叫んだ、自分の声すら耳には届かない。
「ロナ様!!」
 口だけは必死に動かしてみるものの、その感覚すら感じなくなり、そこで意識を失った。

あとがき

2011年08月04日
初筆。
ティアは葛藤キャラ、というイメージ。
普段無口だから、楽しかった。

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