幸せだったあの頃 003
秘密の場所って何だろう?
彼女はわくわくしながら、近くにあった服を手当たり次第に着込んでいく。
貴族の娘らしく普段の着替えは人に手伝って貰うが、今日は特別だ。
何て言ってもこれは秘密のデートというやつなのだから。
「えへへ」
彼女は鏡を見ながら鼻唄を歌った。
自然と口元が緩む。
彼の方からデートに誘ってもらったのは、これが初めてだったのだから。
「お待たせ」
小さな声で待ち人に声をかける。
「俺の方の準備も丁度整ったところです」
ティアが微笑む。彼の背には、中身が多すぎてはちきれそうな鞄があった。
「では、参りましょうか?」
彼女が頷くと、ラムアの手をとって歩き出した。
「どこに行くの?」
「着くまで秘密です」
何度訊いても彼はそう言ってはぐらかす。
「ちぇーっティアのケチー」
「すぐですよ」
ちょっと困ったような顔で真面目に応えてくれる。
そんなティアが好きだった。
果たしてティアが言った言葉は本当だった。
ラムアの屋敷とティアの屋敷は目と鼻の先である。彼の家の人に気づかれないように、こっそりと裏庭に向かう。
「ここ……」
二人がいるのはセオラス家の奥まった裏手にある花の咲かない大木の前である。大きいだけで、特に目立つ木でもないので、一見見落とされがちだったが。
「なぁにアレ?」
彼女が指差したのは、大木の隣にある白い雪の塊……というより小山か。
「あれが秘密の場所です」
彼が笑う。
「アレが?」
不思議そうな声が出た。
その反応に、彼は満足したように頷く。
「はい」
ラムアは近くで確かめたくて、握られた手を振りほどいて駆け出した。
「……!」
彼女は目を真ん丸にして、その周りを何週も回った。
「気に入りましたか?」
「コレなぁに……?」
彼女は再び問うた。
「俺の家(うち)です。どうぞ入って下さい」
とりあえず小さめのカマクラが完成してから、改良に改良を重ね、今の形になったのだ。優に大人が三人くらいは入れるだけの広さもあり、尚且つそこそこ高さもある。また、動かせはしないが、雪で椅子も机も作った。
「す、すごーい!」
思った通り彼女は感激してくれた。
嬉しくて頬が緩む。
リュックを下ろして、中から果物を出してラムアをもてなす。
「どうぞ」
彼女は果物片手に、物珍しげにキョロキョロとしていた。
ラムアにとってカマクラは初めての体験である。
その日は夕方まで一緒に雪遊びをしてから、ラムアを屋敷まで送っていった。
まだ残りたいとダダをこねられたのは困ったが、もちろん明日の朝に必ず迎えに行くと約束して、どうにか言いくるめたのだ。
だが、まだ花は咲かない。
夜半、ざくっと雪を踏む音がした気がした。
ティアは、ぴくりと飛び起き、カマクラを這い出して、外を見回した。
だが、誰もいない。
気のせいかと思ってティアは再び眠りに落ちた。
その夜、花が咲く夢を見た。
気高き白。
何の汚れもない白。
彼が手を伸ばすと優しく応えてくれた。
大木は、ようやく咲いた花を一つ、彼の手の中に落としてやる。
それは静かな暁。
いつもとは少し違う朝―――
「へえ?」
「あれは金になりますぜ」
「ガキですが、身なりも良さそうですし、顔も悪くない。あれは結構、上玉ですよ」
幾つかの声が、焚き火を挟んで飛び交う。
「そうだねぇ」
呑んでいた酒瓶が空になる。
「いいよ。それにしよう」
その言葉に、下卑た笑いが沸き起こる。
昨日約束した通り、今日もラムアはこの巨木の前にいた。
「ティアー鬼ごっこしよー!」
彼女は活発で、お転婆だった。深窓の令嬢から見れば卒倒しそうなほど、走り回るし、木にも登る。高いところからも飛び降りる。
「はい」
ティアが頷いてから、ラムアはティアを鬼に任命する。
「十数えたら来てもいいからね」
そう言って彼女は駆け出した。
「一、二、三……」
ラムア達の鬼ごっこはかくれんぼでもある。隠れている場所が見付かっても、そのまま逃げ切ればいい。
「十」
彼は言われた通りラムアを探し始めた。
ガサリと茂みが動く。
ここか、と覗き込めば、可愛い雪兎がティアを見上げた。
手を伸ばしても逃げなかったので、抱き上げてよしよしと頭を撫でてやる。
その背後で、再び茂みが鳴った。
雪を踏む音がする。
「よう、お嬢ちゃん?」
突然の背の低い木の後ろに隠れていたラムアは驚いた。
「あなた、誰?」
ラムアに話し掛けたのは、見たことのない髭もじゃの男だった。
「あっしか? あっしは……」
ラムアの問いに答えながら、髭もじゃの男は顔に似合わない素早い動きでラムアの動きを封じ、そしてその白い首筋にナイフを突きつける。
「お嬢さんを攫いに……ね? ラムア・ゼアノス様?」
がはは、と男が笑う。
「ティアっ……!!」
ラムアが叫ぶと同時に、腹を殴りつけられる。鋭い痛みに、気を失いそうになる。
「……げほっ……げほ」
「誰が叫んでいいと言った?」
男には仲間がいたようだった。
その中の一人の、冷たい視線がラムアを射る。
「まぁ、叫んだところで助けは来ないがな」
その言葉に、ラムアが青ざめる。
「……ぁ……を……たの……!?」
口を押さえられていて、上手く喋れない。
「あの黒髪の坊やなら」
くすりと笑む。
「今頃、血の惨劇かな?」
「……!」
あとがき
- 2012/05/09
- 改訂
ティアがうさぎなでなでしてるのが面白い。今じゃ考えられないよ。 - 2005/10
- まだ続く。
敵キャラはサーファっぽいが実はただのおっさんだとか何とか。