35章 異端の王女 001

「では、分かる範囲でお話させて頂きます」
 ラグは淡々と語る。その口ぶりに迷いは感じられない。
 ラグは何を、どこまで知っているのか。
「……間もなく時が満ちます。これは、予想よりもずっと早いですが」
 すっと息を吐く。
「それだけ事態は深刻で、終わりの時が近いということでしょう」
「終わり?」
「ええ、世界の終わりです」
「世界の、おわり?」
 その言葉の意味が分からずに口々に呟く。
「どういう意味だ?」
「間もなくって何?」
「言葉通りの意味です。……現国王の弟君はご存知でしょう?」
 ラグは部屋の端に顔を向ける。その視線の先には――
「ござるちゃんが?」
「どういうことなんだ」
「……」
 ござるは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んでいた。
「……サフィリア様」
「もう、隠していても仕方ないでしょう。我らは当事者なのですから」
「当事者、でござるか……」
「ええ、そうです。呪われた魔女は、再び禁忌を起こすのです」
 その、不穏な言葉に眉を潜める。
「呪われた、魔女?」
「名をサブラル・ディ・マーティア。二つ名を禁忌の魔女、と」
 その名前を聞いただけで、そわそわと落ち着かない気分になる。
 何だろうこの、嫌な感じは。
「そして、ロナ・デモート・アリアスは、世界を救いし者。そして同時に世界を滅ぼす者」
「え?」
「拙者は、彼女がどちらの存在であるかを見極めた上で、彼女を始末しようと思い、近づいたんでござるよ」
 ティアとルイザは目を丸くしてその話を聞いていた。
「だが、力無い我らには、それを見極めることは困難であった。だから、いっそ、不穏の芽を摘むべく、奇襲を掛けた。我らは影の存在故に表立って動けないので、人数も限られ、だが、それでも相手は一人だと思って油断していたでござる。思った以上にティア殿は強く、我らは弱かった」
「この国で本当に実力があるのは、残念ながら数える程でしょう。特に一般兵は、無階級であることが実力の欠如だと気付いてもおらず、それ故努力もしない」
「それでも、貴殿の部隊は精鋭でござろう」
「有り難きお言葉です」
「そんな訳で、彼女から情けを掛けて貰った拙者は、ロナを見守ることにした」
「ロナ……王女殿下か」
 皆が言う王女とはどういう人物なのだろうか。
 どうして、少し前まで一緒にいたという、その女性のことを覚えていないのだろうか。
「これまでに、拙者は異端と呼ばれるロナと直接関わったことはなかった。彼女の使命を聞かされるまでは、ただ不憫な子供だと思っていたのでござるよ」
 だが、その思い込みは覆された。
 まだ五歳にも満たない子供が、世界の命運を握るだなんて言われて誰が信じるだろうか。
「もしかして、あの色違いの瞳は……何か意味がある?」
 ルイザは思案げに呟く。
「それは、私が説明しましょう」
 ラグがその呟きに答えて、周囲を見渡す。
「地図があれば良かったのですが……」
「あぁ、それなら……」
 サーファは別室に行き、そして大きな地図を抱えて戻ってくる。
「少し古いものだが、おおよその地域に変動は無いはずだ」
 そう言って、地図を広げる。
「助かります。ではこちらの地図を見て頂くと……今いるシディアがここ」
 ラグは目隠しをしたまま的確にその場所を示していく。
「そして、アリアスがここ」
 ラグはどういう原理で、視覚情報を得ているのだろうか。
「その南にあるのがラジェンという地域になります」
「ラジェン?」
 聞きなれない言葉に、思わず鸚鵡(おうむ)返しに訊き返す。
「ティピアもそうですが、ラジェンも中央の人間には未開の地と思われているでしょうね。ラジェンは、湖と森林の綺麗やな温暖な地域ですが、民族意識が強く、閉鎖的過ぎる土地ではあります」
 ラグは地図の南方一体を丸く円で示す。それは結構大きな円で、それら全てがその地域であるのならばかなり広い。
「渓谷が多く、起伏の多い土地ですが、その中央、南部一帯を治めているのがラジェンです」
「そして、ロナの母であり、現国王の寵姫であった女性がラジェンの巫女なのでござるよ」

あとがき

2013年06月24日
初筆。
ちょっと短めですが、半分の長さで上手く切れなかったので、次回のほうが少し長めです。
あと、タイトルの本人出てきていない。

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