2章 王女付きの護衛の手腕 002

 何だ……あの剣。
 突然変化した太刀を見つめてそう思う。
「まろノ愛刀ハ紅キ血ヲ欲ス。…・・・マズハ護衛。貴様ガ贄トナレッ!」
 その不可思議な太刀から繰り出される剣戟(けんげき)は、それ自体が大振りだというのに、意外と細やかで、そして強く打ち込まれる。
 オドルはその刀身を自身の身体の一部のように扱い、猛撃を奮っていた。
 ティアは全身にじんわりと汗をかき、その剣戟(けんげき)に応戦する。
 しかし、先程までとは打って変わって形成は逆転していた。素人目で見ても分かる程、ティアは押されていた。
 先程までの威勢はどこに行ってしまったのか、ティアはオドルの突きを、刃先で受け止め、流す。その繰り返しであった。
 そのティアの後ろには、生まれたての雛のように怯えた顔をした王女がくっついている。本当ならば、もっと後ろに下がらせておいた方が動き易いのだが、敵はまだ複数いる。今は戦意を失っているようだったが、いつそれを取り戻し、襲い掛かってくるのかも分からない。
 衝撃を受け流しながら、生唾を飲み込んで考える。
 何か……弱点は……。
「フフ……まろノ愛刀ニ怯エテイルノダロウ?」
 オドルは余裕の表情で、嘲笑う。
 容赦ない連続攻撃をただ避けるだけでは、勝機は無い。
 額には、珠のように汗が浮き、頬を伝う。
 今のところ致命傷も無く、敵がそれほど強くないのは救いだったが、これから先戦闘が長引けば長引く程、こちらが不利になるだろうことは目に見えていた。だからこそ必死に考える。
 何か……。
 策を練るにしろ、まずはあの剣の正体を見極めるべきだろう。何故なら、それはティアにとっての唯一の誤算で、敵に反撃を許してしまったのだから。
 切り結ぶ度、オドルの剣を凝視する。それはほんの一瞬でしかなかったが、それはすぐに目についた。
 その太刀の柄には元の錆び刀には不似合いな、綺麗な紅い石が埋め込まれていた。
 あれは……。
 もう一度切り結んだときに、それは確信へと変わった。
 その紅い石は僅かに明滅を繰り返し、まるで心臓のように脈打っていたのだ。
 ……魔剣、か……。
 普通の代物ではないとは思っていたが、しかしそれが只の魔剣であるならば勝ち目はある。
 何故なら、どんな魔剣にも必ず弱点があるからだ。魔剣は魔法剣とは違って、剣そのものに必ず魔力の宿る場所があり、適切な力の行使者がそこに触れているときのみ力を発すのだ。
 そっち方面には限りなく疎かったが、剣を扱う者の心得として、それくらいは知っていた。
 だからそれさえ失わせることが出来れば……。
 「貴様はここで終わりだ」
 癖なのだろう、ほんの一瞬の隙だったが、剣を引くときに僅かな間があった。
 ……そこか。
 確信を持って、オドルの上突きの一手を屈んで避ける。そして剣を持つ、利き手とは反対の手でロナの腕を掴んで引き倒す。
「え……」
 金色の髪が一房散った。
 そしてそのままの体勢で、オドルの、無様に突き出された両手に握られた剣を見据え、曲げていた足を思いっ切り突き出したのだ。
「クッ……」
 その蹴りは見事にオドルの脛(すね)を直撃し、太刀を持った手がほんの少しだけ緩んだ。
 ティアは直ぐさま体勢を立て直し、己の剣で敵の魔剣を払い除(の)け、そしてそのまま手首を返し力を込める。
「オ、オノレ……」
 魔剣イチゴショートは力の行使者であるオドルの手を離れ、立派だった太刀は、たちまちの内に元の錆び刀へと戻る。
 と、同時に辺りが紅く染まる。だが、寸前のところで、本能のようにロナを突き飛ばし、ティアは事を終えた。
「下衆(げす)が……っ」
 吐き捨てるように言う。オドルのでかい身体はそのまま地に伏せ、動かなくなった。
 ティアの黒い髪も白い肌も、着ていた軍服も何もかもが、紅く、血の色に染まっていた。
「親……分」
 搾り出されるように呟かれた言葉は誰のものだったのかは分からない。
 全身に鮮血を浴びたティアは彼らに一瞥のみくれてやる。
 手下達はじりと後ずさり、そして皆は一目散に逃げ出した。
 ティアは何の感情も映さず、目の前の、数刻前まで人であったものに視線を向ける。そしてその死体の着ている服の端で己の剣に着いた血を拭い、鞘に納めた。
「ティアっ」
 急に声が聞こえた。
 それと同時に、柔らかい布が顔に押し当てられる。
「大丈夫、平気?」
 その布の向こうに、本当に心配そうな顔が見えた。
 長い、金色の髪の。
 ふいに意識が遠退くような錯覚を覚えたが、もう一度名前を呼ばれて思い出す。
「……姫」
 左右で色の違う瞳が、自分を見上げていた。長い金髪が風になびく。
「平気?」
 そういえば、咄嗟に突き飛ばしたんだった。
「お怪我は、ございませんか」
 事務的な口調で言い置いて、考える。
 何故……?
 意識がここではない場所にあるような、不思議な感覚がする。
 考える前に身体が動いた。
 汚れた自分とは違う。大切な彼女は、何にも染まらないで欲しいと――
「わたしより自分の心配をしなさい」
 今にも泣き出しそうな声が聞こえた。
 感覚が戻る。静かに朝靄が立ち込める。
 どうやら二人とも怪我はないようであった。

「では、行きましょう」
 上着を脱ぎ、髪やら顔やらについた血を綺麗に拭って直ぐ、ティアは言った。
「だーめ」
 その素っ気無さに反し、我儘な子供のように両手を広げ、ティアの前に立ちはだかるのは異端と呼ばれる王女であった。
「何か御用事でも?」
 特に何も思わなかった。
「そうよ、することが残ってるでしょ?」
 王女は視線を逸らして言った。
「何を……」
 その視線を辿ると、そこには大量の屍が転がっていた。まさかとは思ったが、王女の言わんとすることが容易に予測できてしまって、うんざりする。
 つまり王女は俺にあれを片付けろとでも言いたいのだろう。
「あの人達を埋葬してあげなくてはいけないわ」
 当然と言わんばかりの顔で、ロナは言った。が、ティアは乗り気ではない。
「お墓はどこがいいかな?」
「……別に何処でも」
 しかも彼女は、血まみれの屍など見たくもないだろう。だが、そんなことを気に留めた様子もなく勝手に話を進めていく。
「そうだわ。少し行ったら町の外よね。森の中なら大丈夫よね?」
 何が大丈夫なのか、全くもって分からないし、自分を殺そうとしていた刺客にそんなことしてやる義理なんて無いだろうに。
 しかし、異端の王女は基本的に人の話を聞いていない。
 よっこいしょ、と変に婆臭い台詞が聞こえたかと思うと、ロナは血を流した男の腕を掴み、その華奢な身体で、背負おうとしていたのだ。
 どう楽観的に考えても、死体の山はおそらく十以上。それでは一体何日かかるのか分からない。
 進言するのは億劫だったが、それよりもむしろ今から王女が始めようとしていた作業の方が何十倍も億劫である。
「…………姫、台車を使いましょう」
 どうせ、主の命令には忠実であることが臣下の務めなのだ。それなら出来るだけ自分への負担が少ない方がいい。
「あら、ティアってば頭がいいのね」
 そう言ってロナは笑ったが、当然彼女がお馬鹿なだけである。
「さぁさぁ、頑張って行きましょう!」
 その掛け声で、二人は死体埋葬作業に取り掛かった――彼らの旅は、まだ始まったばかりである。

あとがき

2011.03.31
改訂
2009.02.10
改訂
2007.08.20(2009.02.10改訂)
オドル=ポンポコ・リン。
リン家(アリアス国の片田舎出身の為、訛っている)の三男坊だったが、親への反抗心のため、家を出る。
その際、家宝の魔剣・イチゴショートを持ち出す。
しかし世間は甘くなく、生きていく為、汚い仕事をして金を得る。ロナを襲ったのもその為。
魔剣の名前はイチゴショート。
紅い石の銀色の魔剣で、使い手を選ぶ。
持ち主だったオドルの手を離れてしまったので、詳細は不明。

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