何だ……あの剣。
オドルがその不可思議な太刀を振り回していた。
「まろノ愛刀ハ紅キ血ヲ欲ス。マズハ護衛。貴様ガ贄トナレ」
大振りの割りに、オドルが繰り出す剣戟(けんげき)は細やかで、剣を自分の身体の一部のように扱う。
厄介……だな。
先程までの威勢はどこか、ティアは押されていた。オドルの突きを、刃先で受け止め、流す。その繰り返しだ。
ティアの後ろには、王女が生まれたての雛のような顔でくっついている。もっと後ろに下がらせておいた方が動きやすいのだが、敵はまだ複数いる。いつ失ったはずの戦意を取り戻すやもしれない。
何か……弱点は……。
今はまだいいが、長引けば長引く程、こちらが不利になるだろうことは目に見えていた。だからこそ必死に考える。
何か……。
まずはあの剣の正体を見極めるべきだろう。何故なら、ティアにとっての唯一の誤算である。
切り結ぶ度、剣を観察する。それはほんの一瞬でしかなかったが、それはすぐに目についた。剣の柄には、錆び刀に不似合いな綺麗な紅い石が埋め込まれている。
あれは……魔剣か。
ティアの額に汗が滲む。
普通の物ではないとは思ってはいたが、それが只の魔剣ならば勝ち目はある。
何故なら、魔剣には必ず、魔力の宿る所がある。そしてそれは大抵、澄んだ宝石の類であることが多い。
そっち方面の造詣には限りなく疎かったが、剣を扱う者として、それくらいは知っていた。
魔剣は、適切な力の行使者がそこに触れているときのみ力を発す。だからそれさえ失わすことができれば。
……そこか。
確信を持って、オドルの上突きの一手を屈んで避ける。そして利き手とは反対の手でロナの腕を掴んで一緒にしゃがませる。
「え……」
金色の髪が一房舞う。
そしてそのまま突き出された手に握られた剣を見据え、そして曲げていた足を思いっ切り突き出した。
「クッ……」
その蹴りは見事にオドルの脛(すね)を直撃し、太刀を持った手が少しだけ緩んだ。
もちろんティアはその隙を逃さない。ティアは体勢を立て直すと、己の剣で魔剣を払い除(の)け、そしてそのまま手首を返し力を込める。
「オ、オノレ……」
イチゴショートは力の行使者であるオドルの手を離れ、地に落ちる。立派だった太刀は、元の錆び刀へと戻る。
と、同時に辺りは紅く染まった。だが、寸前のところで、本能のようにロナを突き飛ばし、ティアは事を終えた。
「下衆(げす)が……っ」
吐き捨てるように言う。でかい身体はそのまま地に伏せ、動かなくなった。
ティアの黒い髪も白い肌も、灰色の軍服も何もかもが、紅く、血の色に染まっていた。
「親……分」
搾り出されるように呟かれた言葉は誰のものだったのかは分からない。
全身に血を浴びて、ティアは彼らに一瞥のみくれてやる。
じりと後ずさり、皆は一斉に逃げ出した。
ティアは何の感情も映さない瞳で、目の前に転がった者の服で剣についた血を拭ってから鞘に納めた。
「ティアっ」
声が聞こえた。
それと同時に顔に柔らかい布が押し当てられる。
「大丈夫、平気?」
本当に心配そうな顔が見えた。
金色の髪の。
「……姫」
瞳は左右で色が違った。
そういえば、咄嗟に突き飛ばしたんだった。
「お怪我は、ございませんか」
事務的な口調で言い置いて、考える。何故あんな風に……。
身体が勝手に動いた。血を被らないで欲しいと――
「わたしより自分の心配をしなさい」
泣きそうな声で言われる。
どうやら二人とも怪我やらはないようだった。
「では、行きましょう」
上着を脱ぎ、髪やら顔やらについた血を拭った後、ティアはそっけなく言う。
「だーめ」
我儘な子供のように両手を広げ、ティアの前に立ちはだかるのは異端の姫だ。
「何か御用事でも?」
「そうよ、することが残ってるでしょ」
「何を……」
ロナの視線を辿ってゆくと、大量の屍が転がっている。まさかとは思ったが王女の言わんとすることが予測できてしまって、うんざりする。
つまり王女は俺にあれを片付けろとでも言いたいのだろう。
「あの人達を埋葬してあげなくっちゃ」
……やっぱり。
と、言う訳で死体片付け隊が編成された。
「お墓はどこがいいかな?」
「……別に何処でも」
「そうだ。少し行ったら町の外よね。森の中なら大丈夫よね?」
何が大丈夫なのか、全くもってわからない。
そして、異端の姫は基本的に人の話を聞いていない。
よっこいしょ、と変に婆臭いセリフが聞こえたかと思うと、ロナは血を流した男を背負おうとしていた。
死体の山はおそらく十以上。
「…………姫、台車を使いましょう」
ざっと数えてもかなりの数の死体があるのに、それでは一体何日かかるのかわからない。
「あら、ティアってば頭がいいのね」
そう言ってロナは笑ったが、当然ロナがお馬鹿なだけである。
「さぁさぁ、頑張って行きましょう!」
その掛け声で、二人は死体埋葬作業を始めた――彼らの旅は、まだ始まったばかりである。
アリアスの町から出て直ぐの、木が生い茂る森の入り口付近に、今日新しい墓が並んだ。
祈りを捧げるのは、異端の姫君だ。
「神の御加護と御慈悲がありますように」
両手を胸の前で組んで、祈りの言葉を口にする。
後ろに立っている青年は、ただその光景を見ていた。 手を下したのは、彼自身であるというのに。
何の感慨もなく。
「さぁ、行こっか」
異端の姫は立ち上がって護衛を振り返る。
「はい」
ティアはただ従った。
死体を運ぶのに使った荷台を葬儀屋に返し、その際染みがついてしまったドレスは捨て、町で新しく買い直した服に着替えた。その服は、そこらにいる町娘が普段着るような飾りっけのない、軽くて動きやすい、簡素な旅装だった。
「軽くて、ごちゃごちゃしてないから、こっちの方が楽でいいわね」
楽しそうに、そう言いながらも、ロナは片方の目を眼帯で隠していた。隠しているのは紅い方の瞳で、残された方の蒼い目は何だか寂しげに見えた。
何故なら、彼女は知っていた。
自分が異端の娘であることも。
そしてそれが異怖の対象となり得ることも。
ただ、少しだけ普通でありたかった。普通の少女達と同じように町を歩いてみたかった。ただそれだけだった――