38章 お別れ 004
「陛下」
まだ若いその声の主は、一国の王の后であった。
外交の都合上、彼女は正妃ではなかったし、特殊な家系故に、貴族の出身でもなかった。
しかし、彼女はそんな身分なんて全く気にしていないのか、どんな時でも明るく、誰にでも公平であった。そして何より、とても笑顔の素敵な女性だった。
「ロゼ」
王は彼女のことをそう呼んでいた。
特別な出自故、彼女には名前がなかったが、薔薇のように紅い瞳がとても印象的だったので、王自らそう名付けた。
彼女はその呼び名を甚(いた)く気に入り、彼女の故郷から連れてきた者達にも、その名前で呼ぶようにお願いをした。
「ロゼ様」
彼女はその名前が好きだった。
そして、自分の瞳と同じ色をした深紅の薔薇の花が。
「今朝、庭で採れました」
そう言って、彼女の大切な親友であり召し使いでもある少女は、赤い薔薇を一輪差し出しだ。
勿論、彼女が怪我等してしまわないように棘は全て抜いてある。
彼女は嬉しそうにそれを受け取ると、愛おしそうに暫くの間眺めてから、少女に向き直って微笑んだ。
「貴方の瞳と同じ色ね」
そう呟いて、その赤い薔薇を少女の髪に挿した。
少女は、彼女とは同じ一族ではあったが、巫女の力の少ない家の出身であったが為に、その力の証である紅色の瞳ではなく、濃い茶色の瞳をしていた。
時折、光の入り方によっては紅く見えることもある程度で、到底深紅の薔薇には及ばない。
「……滅相もございません」
慌てて否定したが、彼女はにこにこ笑ってこう告げた。
「ねぇ、マリー? ほら顔を上げて。お日様の下であなたの瞳も、とても美しく輝いているわよ」
まるで、光を浴びてすくすくと育ったこの薔薇と同じようね。そう付け足して、彼女はもう一度笑った。
この小さな王宮で、王とロゼはとても幸せな日々を過ごしていた。
だが、その幸せは長くは続かない――
暫くして、王とロゼの間に生まれたのは、左右色違いの不吉な瞳を持つ子供であった。
あとがき
- 2014年09月10日
- 初筆。
昔のお話。少し短め。