12章 真実 004
「他には負傷者はいません」
「……団長だっけ? アレが鍵を握るってことか……」
絹糸のような銀髪が揺れる。
「いいよ。君は下がって」
名前は知らないし、知る必要もない。
必要なのは情報。
「代わりに初めにここに来た人を呼んで」
その透き通るような声音は、不思議な響きで聴く人の心を落ち着ける。
「かしこまりました」
彼は僕の名も知らない。知る必要がないから。
要るのは情報。
真実でも虚偽でも、結果的に真実に辿り着けるものならばそれでいい。
失礼します、と言って入ってきたのは一人の男。年は三十程なのに、若白髪が生えている。
「君が最初にこの混乱を発見したの?」
彼の向かいにある木製の椅子を勧めながら問うた。男は一礼をしてから椅子に座る。
「はい。自分と部下が現場に駆け付けた時にはもう……火が放たれた後でした」
「君の所属は?」
「第二部隊です」
「ふぅん……君が隊長?」
「はい」
男が身に纏(まと)っている軍服は、藍の地布に、銀の縁取りがしてあるのだ。自分と同じで、それはアリアス国所属の軍人の中で、一個の隊を指揮する隊長だと示す。
「微力ながら隊を率いております」
真実でも虚偽でも、要るのは真実へと繋がる情報。
「逃げた犯人達のことを教えて。背丈でも髪の色でも、君が分かるだけ全て」
黒の瞳が剣呑さを帯びる。
「勿論です」
果たして、若白髪の男が話した犯人像はこうだった。
人数は十人前後で、皆目立たぬように濃茶の服を着、目元まで隠していたという。首領らしき人物はテキパキと手下に指示し、そして彼……彼女かもしれないがと話し、そして逃げた。背丈は皆それなりに。
「自分が駆け付けたのを見て、奴らは逃げ出しました」
嘘でも真(まこと)でも、核心へ近づく為の情報を。
「武器は剣」
頼んだよ、と儚く笑った。
「去り際、何か呟いてはいなかった?」
暫くの間考え込む。
「……そういえば。自分には聞き取れませんでしたが……」
彼は笑む。それは子供のような笑顔だ。
僕は特別部隊の隊長だ。このまやかしの姿は長く保たないけど。
「やはり魔法……。その時何か起こらなかった?」
「……? 特には何も」
男が不思議そうに答えたと同時に、先程この部屋にいた者が慌てて舞い戻ってくる。
「ご無礼を失礼致します!」
「どうしたの? 何かあった?」
彼はあくまで冷静だ。
「はい! 団長が目を覚ましました!」
「そう」
彼の口元が綻(ほころ)ぶ。
「すぐ行く。君は仕事に戻って。何かあれば呼ぶから」
そう言い捨てて 、早速目を覚ました団長の元へと駆け付けることにする。
情報はより有益な方がいい。
「覚醒(ルーディル)」
団長の額に手を当てて、小さく唱える。
「意識ははっきりしましたか?」
「あ……はい」
「ならよかった。では犯行時の様子について、覚えていること全てをお聞かせ願えますか?」
彼は急いでいた。
なぜならここには彼はいない。だから、早く追わねばならなかった。
「犯行時……? 何かあったのでしょうか?」
少しくすんだ青の瞳が不思議そうに彼を見る。
「……!」
彼は過ちを犯した。
「記憶か……!」
己の判断ミスを痛感し、彼は舌打ちをした。
「貴方は少しの間、記憶を人為的に飛ばされました。僕にも治すことはできません。ええっと、治せるのはそれを行った本人だけです」
彼には決意が宿っていた。
絶対に捕まえてやる。
「それでは僕はこれで」
かつかつと靴音が響く。
彼は建物の外に出て、夕刻の、薄闇の空を仰いだ。
「解術(リット)」
そして彼は、その場を後にした。
後に残されたのは混乱とごたごただけだった。
あとがき
- 2011年06月06日
- 改訂。
- 2005年12月03日
- 初筆。