2章 王女付きの護衛の手腕 001
「ねぇ、ティア?」
周囲はまだ薄暗く、日も出ていなかったが構わず、知り合って間もない臣下と主人(あるじ)の二人は、並んで城下を歩いていた。ティアにはとっては多少遅いと感じるのだが、歩調は主人に合わせている。
「何か話して?」
そんな折、ロナが唐突に話題を振る。ティアは言葉に詰まった。
「何を……」
話すべきなのか。
話す種もなければ、まして話したいとも思わない。
そんなティアの心境を察したのか、ロナは質問をすることにした。
「そうだティア。あなた、歳は幾つ?」
まだ何も知らない彼のことを知りたかった。
事前に知らされている事は少なかったが、確か、歳は同じくらいだと聞いている。
「十八、です」
少しぎこちない声だったが問題ない。
「あら、私と二つ違いね。わたしは今年で十六になるわ」
ロナの声は、幼さは残るものの、溌剌(はつらつ)とした、聞いてて気持ちの良い話し方だった。
「……」
俺の二つ下……。ずきりと胸が痛む。
幾つか他愛の無い質問を繰り返し、そして思い出したかのように言う。
「あぁ、そうだ。ティアがわたしのお供をしてくれるようになった経緯(いきさつ)とか知りたいわ」
ティアの方を向いて、少しだけ照れ臭そうにロナはお願いする。
この……口調……。
思考の底に沈みこんでしまいそうになる気持ちを抑え、答える。
「……軍の上層部から命じられただけです。俺の意思ではありません」
普段よりも素っ気無い返事になってしまったことには気付かない。
「ふーん……」
任務、か……。
「じゃ」
ロナが次の質問をしようと口を開いたと同時に、十数名の男が、二人の周囲を取り囲む。
「!?」
とっさに反応が出来なかったティアはロナを庇うようにして、周囲に視線を走らす。
「誰!?」
ロナが推可(すいか)の声を上げる。
その問いに、下卑た笑いが男達の間で起きた。その笑いを窘(たしな)めるように、親玉らしき男が言葉を発す。
「オ前ガ、ろな・でもーと・ありあす王女ダナ」
変な発音で、口調も不自然だったが、それは確信を持った言い方ではあった。
「あら、違うわ」
そう言ってロナは、悠然と微笑み返す。
「何ィ」
その答えに、親玉らしき男の太い眉が跳ね上がる。
「だ・か・ら、あたしはその何だっけかの王女様じゃないわ」
ティアは少しだけ眉根を寄せる。王女の考えは読めなかったが、剣はいつでも抜けるようにと、柄に手をかけて、王女と、敵の一挙一動を静かに見守っていた。
「似たような人なんか腐るほどいるわよ?」
目元を隠すためか、少しだけ長めに揃えられた金髪の下で笑む。
「嘘をつけ! 貴様のその色違いの目が、その証拠だ!!」
如何にも小者そうな男が、気色ばんで、大声を上げる。
だが、ロナは冷静だった。
というよりは、肝が据わっているというか、図太いというのか。
「う~ん……やっぱり、そんなにすんなり騙されてくれないわよねぇ……」
多少は気にしたのか、僅かに前髪をいじってそんなことを小声で言う。だが、今は断じて、そんな悠長にしている場合ではない。
その一瞬の隙に、男達は一斉に抜刀する。
「姫は俺の後ろにいて下さい」
短くそう言い置いて、素早くティアも己の剣を抜く。
「演技力には自信あったんだけどなぁ……」
一人でぶつぶつと文句を垂れる様は、とてもじゃないが王女だとは思えない。
男が隙を狙って、ティアの懐に入り込もうと地を蹴った。だが、降り下ろされた剣は空を切り、よろける。目標を見失った男は慌てて周囲を見渡す。
「ど、どこ……」
彼の杞憂は僅か、一瞬で終わった。何故ならその息の根は、背後に回り込んだ者によって止められてしまったのだから。
紅い鮮血が飛沫のように吹き出した。
「ひっ……」
たった今、死んだ男の目の前にいたロナが引きつった様に口元を押さえる。
そしてがくりと膝をつく、ほんの一瞬前まで人だったものから視線を外せない。胃の腑が焼けるように熱い。
「姫」
短く呼び止められて、ロナは失いかけていた意識を取り戻す。
怖い。
ティアの傍にいなければ、自分もああなってしまう。直感的にそう感じて、必死に、ティアにしがみつくようにして、後ろを付いて回った。
そうこうしている間にも、彼女の護衛は次々に敵の懐へと飛び込み、そして刃を振るう。
その後に残るのは一撃で仕留められた死体のみ。
そして、敵が粗方(あらかた)片付いた頃、ティアはその手を休める。
「次は誰だ」
そう視線を上げた黒い瞳が、親玉のそれに絡む。
少し長めの黒い髪と対極の、白い肌についた鮮血が、その紅さを一層際立たせていた。
「ヒッ、ヒィッ……」
残るは五人。親玉らしき男とその手下が四人。
だが、手下達は皆及び腰で今にも逃げ出しそうだった。
「し、死神っ」
恐怖に震えた声がそう綴る。
思わずティアは自嘲の笑みを漏らした。
それは、何度聞いた言葉だろうか。あの日から、何度も。
「お前らも、仲間のようになりたいか?」
鼻で笑って、妙に冷めた声でそう告げる。
「お、親分。ぼ、僕ちんはイヤですっ」
手下の一人が情けない声を出した。
「わ、わいもまだ死にとーないですわ」
「そうですよ、親分。あいつすんげー強いですぜ」
「わしらも、止めた方が賢明に……」
「ウルサイ! テメェラハ口出シスルナッ!!」
親分らしき男は癇癪を起こした子供のように、子分達を怒鳴りつける。
「まろヲ誰ダト思ッテオロウ?」
その傲慢な物言いにか、怒鳴り声にか、子分達はすっかり黙り込んでしまった。
だが親分らしき男の言葉は片言(かたこと)で、聞き取りにくい事この上ない。
「親分です」
「な、名前は……っと、何でしたっけ……?」
手下の回答には満足しなかったのだろう。
「ダァーッ、モウイイト言ッテオロウ」
親分は叫ぶが、事態は一向に進展しない。
「誰も言っとらんがね」
その冷めた突っ込みに、親分はぶちギレ寸前で、どこからか取り出したハリセンで子分達の頭を順番に殴った。
「見テイロ」
そう言って親分はティアとロナに向き直る。
「聞イテ驚クナ」
フッフッフと不気味な笑みを見せながら、親分は堂々と胸を張った。
「まろハ名ヲ……エット、アーット……ソウ、ソウダ。名ハおどる=ぽんぽこ……りん、トイウ」
「おどるぽんぽこりん?」
あまりに不思議な響きの言葉に、ロナはゆっくりと反芻した。
「ソウダ。まろノ名ハ……」
「親分、オドル・ポンポコ・リンやがな」
生来、声の大きな子分が小声でそう言ったが、その会話内容は丸聞こえだ。
「ソウ、ソレダ。まろハ、リン家ノ三男坊デアルゾ」
「りん毛?」
いや違う。
こんな状況でも、ボケる王女は少し抜けているらしい。
「で、結局お前は仲間の二の舞いになると?」
一通り検分したが、親玉の腰には錆び刀が一本納まっている限(き)りであった。だからこそ、死神と呼ばれた青年は微(かす)かな嘲(あざけ)りと共にそう言う。
「ナラヌ! まろノ強サハ最強ダ!」
怒声と共に抜刀する。
と、同時に錆び刀だと思っていた得物に光が宿る。
「な……に」
「ソウダ。コレコソ、リン家ニ伝ワリシ名刀、いちごしょーとデアルゾヨ」
驚きに僅かに表情を変えたティアを見て、オドルは満足そうに笑んだ。
「コレハタダノ剣デハナイ」
その剣に宿った光が落ち着くと、今まで錆刀であったものは、大振りの太刀へと変化を遂げていたのだ。
その不思議な剣、イチゴショートの刃先に、今日最初の陽光が煌めいた。
あとがき
- 2011.3.25
- 改訂
- 2009.2.6
- 改訂
- 2007.08.19(2009.2.6改訂)
- ふざけてる気がしてならないんだけど、今更消せない・・・・・・オドルさん。好きだし。