29章 始まりの魔術師 002
何故だろう。こんなにも不安になったのは、多分初めてだ。
らしくない……と、溜め息をつく。
出すものは全て出してしまったのか、吐気はもう殆どない。そのことはサーファの気を少しだけ楽にしてくれる。
先のことを考えようと思って目を閉じた矢先に、怒鳴られる。
「……兄さん……っ」
改めて聴こえた声にどきりとした。
まさか、と思うが、無視するわけにもいかない。
「ルディ……?」
恐る恐る名前を確かめる。
微かに綻んだような声は、確かに聴こえる。
「良かった……見よう見まねだったから無理かと思ったんだけど」
何の、見よう見まねだろう。
だが、可愛い妹が、どうやってか知らないが、自分と話せているのは、とても安心する。今までの不安が吹き飛ぶようだった。
「ルゥ様は?」
「魔力の使いすぎ。気を失ってる」
魔力の……使いすぎ……?
「それよりこっちに戻ってきてよ。……もし、僕と顔を会わせたくないなら、姿は見せないようにするし……。お願い」
「戻る? ええっと……どうやって?」
ここがどこかも分からないのだ。
「え? どうって……転移の魔法使えばいいんじゃ……」
「魔法?」
何か変だ。先程から感じていた違和感は、何かの思い違いではなかったのだ。
「兄……さん……?」
不安は魔法を通じてルイザにも伝わる。
あぁ、そうか。
「左手は折れて使い物にならないし、右手も、そこまでは酷くないが、まず剣は持てないだろう。あばらも折れているし、ただでさえベストコンディションとは言えない」
不調は、不調を呼ぶらしい。
「そして、今の僕は魔法なんて使えない。何しろその存在自体を忘れてしまっていたのだからな」
自嘲の笑みが、自然と口元に刻まれる。
「嘘っ」
「ではないよ」
ルイザの動揺を静かに否定する。
「そして、ロナだったか……その人物すらも、僕は知らない」
心に、大きな隙間ができたようだった。
「場所は!?」
「あ?」
泣きそうな声が、サーファを怒鳴りつける。
「今、兄さんがいる所! 僕が、兄さんを助け出す」
儚くて、強い微笑みが、すぐ近くにあるように感じて、心強い。
「……駄目だ」
言葉は嬉しかったが、それを受け入れるわけにはいかなかった。
「どうして!?」
焦れったそうに言葉を重ねる妹を諭す。
反面、ルディのことを忘れていなくて良かったと、心の底から安堵する。
「お前を危険な目に遭わせるわけにはいかないよ」
自分はどうなってもいい。
だが大切な妹だけは――
「……昔っからそうだよね。兄さんは馬鹿だ」
先程までとは違い、落ち着いた声音に、どきりとする。
「兄さんが止めれば止めるほど……否、突き放せば突き放す程、僕は兄さんに近付こうとするんだよ……?」
まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
ルイザの痛みが、こちらの心に突き刺さるように痛む。
「僕は、……ただ……さ……」
急に雑音が入り、声が途切れ途切れになる。
「誰だっ!?」
と同時に、推何の声を上げ、気配の先を睨みつける。
もし剣を持てたのなら、間違いなく抜刀していただろう。
「こんな所へようこそ。ここは私の領域なのですが、思い掛けず、貴方を救ったようですね」
軽く微笑んで、礼をする。
同時に、暫く続いていた雑音すらも聞こえなくなる。
「ラグ、とお呼び下さい。始まりの魔術師殿?」
嫌な気分と共に、サーファはラグを睨みつけていた。
あとがき
- 2011年07月31日
- 改訂。
この辺りは初公開のはず。 - 2006年07月12日
- 初筆。