密室

「ん……」
「起きましたか、殿下」
 ロナはゆっくりと身体を起こすと、目覚めたばかりの目を擦ったまま辺りを見渡す。
 そこは、小さな小部屋で、家具などは一切無い。
 唯一見えるのは、金属で出来たドアだけである。
 だが、窓も無いのに、どういう訳か明るい。
「……こ、ここは?」
 独り言のように吐き出す。その小さな呟きを拾って答える声がある。
「分かりません」
 ロナは声のした方向を振り返る。
「……どういうこと?」
 疑念は、寝起きの声をさらに低くする。
「私(わたくし)も今気がついたところです」
「……」
「何者かに、この部屋に閉じ込められたようです」
「え?」
 慌てて起き上がろうとしたロナにそっと手を差し伸べる。
「扉は施錠されており、こんな張り紙が」
 サーファの手を借りて無事立ち上がったロナに、一枚の紙切れを差し出す。
 そこには、アリアス国の公用語で『外の出たければキスをすること』と、たった一言だけ書かれていた。
「え?」
 内容の意味が分からず、もう一度読み返すが、何度読み返しても文面は変わらない。
「キ、ス……?」
 思わず口に出してしまっていることにも気が付かない。
「キスって、愛しあう者達がする、あれ……って、えっ、えっ。」
「そうですね」
 ロナはびくりと身体を震わし、顔を上げる。
 気が動転して、サーファがいることをすっかり忘れてしまっていたロナは、大慌てで後ろに後退る。
「えっ、えっ、ええ!?」
 だがすぐに壁に背中がぶつかり、体勢を崩す。
「危ない」
 折角距離をとったはずだったが、サーファは勢い良く踏み込み、ロナの身体を支える。
「……!?」
 その距離僅か。
 息がかかりそうなほど近い距離で、壁とサーファに挟まれる形だ。
「大丈夫ですか?」
 ロナの動揺を他所(よそ)に、安否を問う。
「へ、平気……ありがとう」
 つい反動で答えたが、今はそれどころでは無い。
 だってだって、こんな密室で、サーファと二人しかいないのに、――キス?
「無理無理無理無理無理無理」
 呪文のように唱える声は、自分の心臓の音に掻き消されてロナの耳には届かない。
 だって、サーファと?
 自分達は恋人でも何でもないし、まして愛し合っていない。
 それに、自分で言うのも恥ずかしいが、恋だってまだしたことないのだ。
 それなのに、――キス?
「……殿下」
 サーファが涼しそうな声で、自分のことを呼んでいる。
 その吐息が、近い。
 あれだけ名前で呼べだの敬語を外せだの言ったが、未だ彼は敬称で呼ぶのだ。……否(いや)、そんなことは今はどうでもいい。
 それよりあれだ。そう、何とかして逃げないと……。
「ロナ」
 サーファは少しだけ口元を緩ませ、そう言った。
 条件反射で顔を上げてしまい、後悔する。――否(いや)、遅い。
 サーファは金色の髪を一房掴み、口元に近づける。
 その動作は淀みなく、思わず一挙一動を見守ってしまう。
「キス、してもいいですか?」
 いつも通りの声で、彼は問うた。
「…………ふえ」
 思わず変な声が出た。
 早い鼓動と、全身の血が一気に巡る感覚がして、暑い。
 顎の下にそっと手を添えられ、距離が縮まる。
「だ、だめ……」
 どうにかそれだけを言うと、両手を前に突き出す。
 思わず目を閉じてしまったが、身体は上手く言うことをきいてくれないのだから仕方がない。
 避けられたのか、両手は空を切り、腰を引き寄せられる。
「……っ」
 少しだけ身体が反るような体勢で、左の瞼に温かいものが触れる。
 それはほんの一瞬の出来事で、すぐにそれは離れ、過去最短距離の位置で囁かれる。
「唇の方が良かったですか?」
 少しだけからかいの混じる声で、そんな風に言うのだ。
 閉じた瞳を開けると、すぐ近くで彼の偽物の赤い瞳と目が合った。
「……からかったのね」
 彼は何も答えずに身体を離す。
 瞬間、扉の方からガチャリと音がして、サーファはそちらを振り返る。
「開いたようですよ、殿下」
 一度だけ、ロナの方を見ると、彼はさっさと扉の方へ近付く。
 鍵など最初からかかっていなかったかのように、扉は開き、外の光が入ってくる。
 眩しさに目を細めて、そっと左目に触れる。
 少しだけ熱を帯びたように感じたのはこの眩しさの所為か。
「…………馬鹿」
 ロナは、誰にも聞こえないよう小さな声でそう呟く。
 それは誰に対してのものなのか、自分でも分からなかった。

あとがき

2014年05月23日
5/23はキスの日らしいですよ。
ってことで、#キスしないと出られない密室に閉じ込められたCPの反応書きました。
サファロナですよ……。
(ちなみに時間軸はあんまり考えてないが、サーファとロナが二人でシディアにいる時かその後くらいかな)

【キスの意味】
髪:思慕/額:祝福、友情/瞼:憧憬/耳:誘惑/頬:親愛、厚意、満足感/唇:愛情/喉:欲求/首筋:執着/背中:確認/胸:所有/腕:恋慕/手首:欲望/手の甲:敬愛、尊敬/掌:懇願/指先:賞賛/腹:回帰/腰:束縛/腿:支配/脛:服従/足の甲:隷属/爪先:崇拝

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